人と人との関わりのなかで、人はどのような判断をするかを考える「ゲーム理論」という研究方法がある。利得を考慮した駆け引きを数理的に示すもので、そもそもは経済学の一分野だったが、現在は、政治学、社会学、心理学など人の行動が関わる学問分野で広く使われている。そのなかでもっとも有名な基本モデル(ゲーム)に「囚人のジレンマ」がある。
囚人のジレンマとは、2人の共犯者がそれぞれ取り調べを受け、相手を裏切って自白するか(裏切り)、相手をかばって黙秘するか(協調)を選ぶというゲームだ。たとえば5年の懲役刑を言い渡された2人のうち、自分だけ自白すれば釈放となり、黙秘した相手の懲役は10年になる。双方黙秘すれば証拠不十分で懲役は2年になる。双方自白すれば両者とも懲役は5年となる。この条件でゲームを繰り返すことで、より多くの利益を得るための戦略を考えるというものだ。
立正大学の山本仁志教授と明治大学の後藤晶准教授による研究チームは、囚人のジレンマを使った実験を行ったところ、それまでのシミュレーションで導き出された定説とは矛盾する結果を得た。過去の研究では、ジャンケンのように同時に決定を下す「同時意思決定」での検証が主で、相手の出方を見て判断する「交互意思決定」を使うことは少なかった。また、相手の出方を見てゲームから抜ける「自発的参加」を取り入れた研究も少ない。山本教授らの研究チームは、これらの要素も加えたより現実に近い形で、人を使ったオンライン実験を実施した。
上の図は、山本教授が考案した実験結果の可視化法によるもの。上段左は同時意思決定のシミュレーションの結果、右は実験の結果。下段左は交互意思決定のシミュレーションの結果、右は実験の結果。Cは協調、Dは裏切り、Lは離脱を示す。CCやCDなどの文字は前回の両者の決定の組み合わせ。今回の結果は、CをBlue、DをRed、LをGreenと3つの判断をRGBに変換して示している。自分は協調して相手に裏切られた場合(CD)、シミュレーションは赤(裏切り)が多いのに対して実験では青みがかっている。つまり、協調が多いということだ。
通常は、裏切られたら仕返しをする、裏切られたら取引はしない、といった行動を取ると考えられるが、実験では予想に反して、裏切られても次も協力しようとする傾向が強く見られた。この結果を受けて山本教授は「この発見は、人間がこれまで考えられていたよりも寛容で協力的であることを示唆しており、このような行動をもたらす要因をさらに探求する必要がある」と指摘。また後藤准教授は「私たちの結果は、人は自分の前回の行動に縛られる傾向があることも明らかにしており、協力を研究する上で人間の心理や社会的文脈を考慮することの重要性を強調している」と話している。
人間の意思決定は単純には測られないものだ。この結果は「人間の行動の複雑さをよりよく反映するモデルを構築する必要がある」ことを示唆しているとのことだ。
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