食&酒

2024.07.23 15:00

日本でも広がる「自然派ワイン」 原点にある反体制思想と未来への希望


「当時、農薬を使わないでブドウを栽培することも、SO2を使わないことも周囲からは大いに馬鹿にされました。ですが、マルセルは、五月革命(68年)を引導したシチュアシオニストのギィ・ドボール周辺とも交流のあった人物。そのワイン造りの根底には、資本主義への反骨精神があったのです。その甥であるフィリップ・パカレに取材した際には、今の世代にその精神はもうないが、と笑っていましたが」。
 
90年代に自然派ワインで注目を集めたプリューレ・ロックで醸造長を務めたのちに独立したパカレであるが、彼こそショーヴェの教えを最後に受け継いだ造り手とされる。自然派ワインは全体として価格が控えめで、1万円も出せば高級なほうだが、パカレのワインは10万円を超えるものもある。とはいえ、その価格は市場の仕組みによるもので、「需要と供給の関係で上がってはいますが、彼自身が価格を上げることはないでしょう」と教授。そこに自然派の造り手の矜持のようなものを感じないではない。

ワイン造りの希望となるか

農業大国フランスには、AOCという原産地呼称の制度があり、産地や品種を細かく規定することで生産者や消費者を守っている。しかし、自然派ワインは2000年代以降に急拡大するも、規定に添わないため蚊帳の外にあった。反体制が根底にあることを思えばそれもよさそうだが、長年の働きかけにより、2019年に自然ワイン擁護組合が誕生。2020年に「ヴァン・メトード・ナチュール」という新たな呼称が認められた。「日本ではなじみの薄い組合ですが、フランスで組合となるのは、政府が相手にする対象になるということ。当日に喜びのメールが届きましたよ」と教授。そして、この認証は、自然派のさらなる発展を後押しするものとなると続ける。

「AOCの規定でこれまで見捨てられてきた土地やブドウ品種が生かされることとなります。同時に、インチキもできなくなるので、信頼を得て普及していくでしょう」。それは、気候変動の影響を受け試行錯誤するワイン造りにおいて希望のようにも見える。
 
長らく「グランクリュ(特級畑)のワインがいちばん売れる」といわれている日本のワイン市場であるが、消費はステータスよりも心地よさに傾いている。都市より地方、肩書きより個人が注目される向きもある。軽やかで個性的な自然派ワインへのシフトは、世界的に自然な潮流ということだろうか。


福田育弘◎早稲田大学教育・総合科学学術院 教育学部複合文化学科教授。1955年、名古屋市生まれ。1985年から88年まで、フランス政府給費留学生としてパリに留学。ワインを中心とした日本とフランスの食文化について研究。著書に『新・ワイン学入門』(集英社インターナショナル)、『自然派ワインを求めて』(教育評論社)など。

文=梶野彰一 写真=田熊大樹

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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