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2015.08.03 07:30

さらば、強欲資本主義。「ポケットマネー革命」が始まった

G8社会的インパクト投資タスクフォースのロナルド・コーエン委員長。2011年、キャメロン首相は<br />友人のコーエン卿に、「社会問題のよい取り組み方はないだろうか」と提案した。<br />(フォーブスジャパン8月号より)

G8社会的インパクト投資タスクフォースのロナルド・コーエン委員長。2011年、キャメロン首相は<br />友人のコーエン卿に、「社会問題のよい取り組み方はないだろうか」と提案した。<br />(フォーブスジャパン8月号より)


「99%」の人の投資が社会を変えるー
これまでは投資の世界で力を発揮したのはビッグマネーだったが、
いま、世界を動かし始めているのはポケットマネーによる「革命」だ。


社会問題の解決を民間に託し、浮いた行政コストをリターンとして償還

「ベンチャーキャピタルの父」と呼ばれる英国人、ロナルド・コーエン卿が内閣府の地方創生推進室を表敬訪問したのは、5月28日のことだった。
欧州最大の投資ファンド「エイパックス・パートナーズ」の創設者であり、欧州NASDAQ代表や、社会事業活動で知られるコーエン卿と、内閣府副大臣らの面会時間は当初15分の予定だった。しかし、会話は尽きず、40分にまで延びたという。

「是非、検討しましょう」
内閣府がそんな期待を寄せたのは、コーエン卿がG8で推進役として委員長を務める「社会的インパクト投資」なるものだ。

イギリスで生まれたこのモデルは、すでにアメリカ、カナダ、韓国、欧州で導入が始まり、昨年10月、日本の経済財政諮問会議の「選択する未来」会議でも言及されている。世界的に広がるのはなぜか? 来日中のコーエン卿に話を聞こう。

「電球がポッと灯った瞬間ともいうべき嬉しい出来事があったのは、2010年でした」と彼が言うのが、初のSIB(socialimpact bond=社会的インパクト債券)発行である。これで、刑務所の元受刑者たちの再犯防止を行ったという。

「イギリスの内閣府のウェブをご覧になってください。およそ600もの社会問題について政府が負担しなければならないコストが細かく記載されています。例えば、再犯者を1人収容するのに、2万2,000ポンド(約422万4,000円)かかります。再犯者を1,000人削減できれば、政府は2,200万ポンドの予算を使わなくて済みます」

どこの国も財政難から社会問題へのコストは重い負担となっている。しかも、こうした問題は、予算をかけたら解決するわけではない。

「ホームレスに少々のお金を渡しても、そのお金をホームレスがどのように使うかまでは関知してこなかったように、人道支援の効果を測定できるとは誰も考えていなかった。しかし、重要な社会問題は数値化して、“見える化”が可能だということが浸透してきたのです」(コーエン卿)

社会問題の予算をこれまでのような対症療法にではなく、民間から投資を募り、予防・防止策に振り向けるという発想の転換を行った。英ピータボロ刑務所の再犯防止策を例にとろう。民間から約8億円を調達し、4つのNPOが受刑者とその家族や地域コミュニティに社会復帰支援プログラムを実施。8年間のプログラムで再犯率が全国平均より23%も低くなった(中間報告)。

独立評価機関が「目標達成」と判定すれば、削減できた行政コストの一部を、投資家にリターンとして償還する。目標に到達できずに失敗すれば、投資家がリスクを負うので、行政にコストは発生しない。

画期的なのは、投資して成功した場合の「社会へのインパクト」をビッグデータなどの技術革新により数値化できるようになったことだ。インパクトの「見える化」によって、投資する側はより効果的な予防策を講じている組織に投資しやすくなる。

5月に東京証券取引所で開催され、多くの人が詰めかけたSIBのシンポジウムには、コーエン卿も参加した。 (フォーブスジャパン8月号より)
5月に東京証券取引所で開催され、多くの人が詰めかけたSIBのシンポジウムには、コーエン卿も参加した。
(フォーブスジャパン8月号より)

インパクトという考え方は、長年、社会事業への投融資を行ってきたコーエン卿自身が経験から学んだことでもある。

「イギリスに、THE GYMというスポーツクラブがあります。月々約60ポンドの会員費と入会金数百ポンドが必要なクラブです。このジムに投資して、最貧困層のエリアでの事業を始めました。1,500m2の巨大な敷地に200台のマシンを入れて、24時間営業、休日なし。地価が安いため、会員を4分の1まで抑えることができます。」

「その結果、人生で一度もジムに通ったことがない人々が会員全体の30~40%に及び、高くない投資額で収益が生まれるビジネスモデルが完成しました。さらに、最貧困層エリアでの事業は、雇用を生み、トレーニングによる健康増進、地域活性化など、社会にインパクトを与えたのです」

インパクトとは、すなわち人々の共感の輪を広げることだ。そこが従来の投資との違いだとコーエン卿は言い、こう続ける。

「投資家によっては社会的見返りが高ければ、金銭的リターンは市場平均より低くてもいいという人が出てくるでしょう。大事なのは、経済的リターンと社会的リターンの比重を案件ごとに設計する必要があること。つまり、年金基金、信託、基金などの役割見直しが迫られているのです」

現在、ホームレス、失業、家庭内暴力、家庭崩壊、教育、糖尿病予防など広範囲の社会課題の解決に向けて、45のSIBが世界で出ている。イギリスでは社会的投資銀行が設立され、アメリカではゴールドマン・サックスなど大手が参加している。

また、アメリカの22州と南米では、「B-Corps」という概念が導入されている。企業は収益を最大化するだけではなく、社会課題の解決と、その達成度を測定するというものだ。こうした世界的な潮流を生んでいるのが「ミレニアル世代」と呼ばれる1980年代以降に生まれた人々だ。

SIBを推進している日本財団の招きで来日したアメリカの「サード・セクター・キャピタル・パートナーズ」のティム・ペネルは、大学で声楽を学び、オーケストラで基金を担当していた経歴の持ち主である。12年に1件のSIBからスタートした彼らは、今年だけで37件を成就。加速度的に件数を増やしている。ペネルが言う。

「バンク・オブ・アメリカが出した『ミレニアル世代に関するレポート』が大きな影響をもっています。この世代は、上の世代と比べて圧倒的に社会的責任への関心が高く、商業銀行もミレニアル世代受けする商品を出したい。企業もPRの一環としてCSRをやるのではなく、ビジネスのコアに慈善目的を置くようになっています」

金融庁総務企画局企業開示課長の油布志行(ゆふもとゆき)もこんな話をする。
「アメリカの機関投資家やファンドの人たちと意見交換する際、彼らの口から地域貢献の重要性や雇用の話が出てくるようになりました。リーマン・ショックの反省から、かつての株主万能主義ではなくなってきていると思います」

今年策定されたコーポレートガバナンス・コードは、中長期的な企業価値の向上を目指している。ガバナンスの改善をもっとも期待するのが、中長期保有の株主であり、企業の重要なパートナーとなる人々だ。建設的な対話ができる車の両輪のような関係で、市場の短期主義をはねのける環境が整備されたといえる。つまり、リーマンショックをもたらした強欲資本主義と訣別する世界的な動きが起きているのだ。



ふるさと投資は新たなコミュニティの担い手も生む。 岡山県西粟倉村では森林事業への投資を機に移住した方もいる。 (フォーブスジャパン8月号より)
ふるさと投資は新たなコミュニティの担い手も生む。岡山県西粟倉村では森林事業への投資を機に移住した方もいる。
(フォーブスジャパン8月号より)
一口1万円からの投資で地域社会に貢献し、リターンを得る

特筆すべきは、日本の草の根的な動きだ。
日本財団の社会的投資推進室の工藤七子は、2000年代から「ふるさと投資」を行っている投資会社「ミュージックセキュリティーズ」にSIBの事業を持ちかけた。同社は、ミュージシャンの音楽に共感するファンが小口の資金を出してファンドをつくり、売り上げに連動して利益が分配される仕組みをつくった。地方でものづくりに情熱をかける人たちにこの仕組みを用いたのが、「ふるさと投資」だ。

社長の小松真実が話す。
「一口1 万円からなので、『給料日に毎月投資をします』というOLさんから富裕層まで、いろんな方が投資されています。自分の分身であるお金が社会でどう使われているのか、現地に視察に行き、仕事を手伝ったりします。中には被災地応援ファンドのひとつ、気仙沼のうどんづくりに投資するうちにその製麺会社に転職をしたり、岡山県西粟倉村の森林事業への投資を機に移住された方もいます」

共感が支援、参加に変わり、その地域の文化やコミュニティの担い手となる。NPO職員、鴨崎貴泰(36)は、同社の「ユカハリファンド」に5万円を投資した。

「投資すると、西粟倉村の間伐材を使った床に敷くパネル板を安く購入できるんです。学生時代に森林の生態学を研究していましたし、捨てられた森を復活させたいという事業に関心があったので、お金を出してみました」

取材で話を聞いた30代の女性たちも、利益よりも社会的価値ある企業をみんなで育てることに賛同した」と口を揃える。

ミュージックセキュリティーズが一年を費やして投資を募ったプロジェクトがある。ペルーの日系人が作ったアバコ貯蓄信用協同組合への資本増強だ。地球の裏側の話のため、なかなか投資額が集まらずに苦労したと小松が言うが、この事業は画期的だ。

アバコは、貧困ゆえに農機具が買えず、生産性の低い農業を強いられていた農村を支援していた。これは、約100年前から日本人の祖先が地道に続けてきた組織である。ここに米州開発銀行という国際機関と連携することで、「時空を超えた支援」を行ったのだ。

こうしたポケットマネー感覚での社会的投資がSIBの導入で広がると、何が予測されるだろうか。

例えば、現在の生活保護費は年間3.7兆円。そこで、民間の優れたアイデアによる若者就労支援プログラムを選定し、中間支援組織が投資を募る。成功すれば、公的コスト3,700億円が削減されると予測され、さらに納税や社会保険料徴収が効果として期待できる。認知症の予防プログラムも、民間がもつアイデアと行政が連携すれば、真っ暗な超高齢社会が違う姿に見えてくるだろう。

日本で初めてSIBにより「特別養子縁組の取り組み」を始めた横須賀市の吉田雄人市長(右)と、SIBを推進する「サ ード・セクター・キャピタル」のティム・ペネル氏(左)。今年だけで37件のSIB案件を成立させている。 (フォーブスジャパン8月号より)
日本で初めてSIBにより「特別養子縁組の取り組み」を始めた横須賀市の吉田雄人市長(右)と、SIBを推進する
「サード・セクター・キャピタル」のティム・ペネル氏(左)。今年だけで37件のSIB案件を成立させている。
(フォーブスジャパン8月号より)
行政収支改善へ横須賀市で動き始めた、児童虐待防止へのSIB

横須賀市はSIB導入に向けた国内第一号となるテスト事業を行った。「特別養子縁組の取り組み」である。これは児童虐待の予防策となる試みだ。横須賀市内の虐待件数は、13年は487件。2年間で100件の増加である。不本意な妊娠やDV、親の精神疾患などによって、子どもが虐待されている。最悪なのは出産したその日に捨てられて死亡する悲劇だ。

吉田雄人市長の説明を聞こう。
「親が育てられない子どもは児童養護施設に入所するケースがほとんどですが、施設は満杯状態です。また、乳児期を施設で過ごすのは愛着障害の恐れが指摘されています。学習の遅れや退所後の自立の難しさもあり、早期に温かい家庭で養育される機会を子どもに与えるべきです」

特別養子縁組のマッチング実績がある団体「ベアホープ」が、この事業の実行主体に選ばれた。評価機関も決まり、日本財団がテスト事業の資金を提供。市によるSIBの成果シミュレーションによると、年間目標4人の特別養子縁組が成立した場合、行政収支は約1,700万円改善されるという。

しかし、「子どもをダシにして金儲けをする連中を、福祉事業に組み入れていいのか」という批判が起こった。だが、子どもが虐待を受けてから行政が動く対症療法では手遅れだ。

今年5月、市内に住む16歳の女性が急に産気づいて出産すると、各機関がすぐに連携。待機していた養子縁組の夫婦に赤ちゃんは無事に託された。多くの関係者に見守られ、赤ちゃんは生みの親と育ての親が望んだ形で人生をスタートさせたのである。2016年3月末までに4件の成立とフォローをもとに成果の計測が検証されれば、今後、篤志家、助成団体、投資銀行など資金提供者の参加を呼びかけ、国や県とも連携をしていく予定だ。

日本の家計資産残高は1,694兆円。うち現金・預金は889.4兆円である。そのうちの1%だけでも誰もが共感する問題に振り向けられれば、社会は新しい次元に到達するかもしれない。

横須賀市とともにSIBのテストに取り組んできた前出・日本財団の工藤七子はこう言う。
「私たちが必要なのは、スーパーリッチではありません。みんなで支えていただくSIBを地域でつくっていく。日本にはそのポテンシャルがあると思うのです」

藤吉雅春、近藤奈香 = 文 平岩 享 = 写真

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