資産をもつ富裕層と、生活を立てる必要があるアーティスト。その両者を結ぶ「出会いの場」としての豪華客船。「三方よし」の戦略は、日本を超えて世界に広がる可能性を秘めている。
日本が誇る豪華クルーズ客船「飛鳥II」。12階や建ての巨大で優美な船内には、長い廊下の両脇に436もの客室がずらりと続き、いくつものレストランや劇場、プールや露天風呂までが揃う。広大な空間は、まるで小さな「街」のようだ。
んな飛鳥IIの至る所に飾られているのが、日本の重要無形文化財保持者(人間国宝)らによる工芸作品だ。その数、100点以上。レセプションカウンターの上に、エレベーターを降りた廊下の角に、ロイヤルスイートの客室に、食堂にある棚のそこここに──、船内にいるだけで、自然と独自の存在感を放つ工芸品たちが目に飛び込んでくる。棚に並べられた作品がところどころ歯抜けになっているのは、乗客が買い求めたからだ。長い船旅で毎日眺めていれば、誰でもお気に入りが見つかるだろう。
飛鳥IIは2泊のショートステイからさまざまなクルーズツアーを実施しているが、約100日間の世界一周クルーズの費用は数千万円(最上級の部屋を2人で使用した場合)。利用者の多くは60代以上の経営者や士業などの富裕層で、一度に800人以上もが乗り込む。こうした豪華客船ならではの環境を利用して、新たな文化的プラットフォームを立ち上げた人物がいる。船舶投資ファンド会社アンカー・シップ・パートナーズ(ASP)の代表取締役社長・篠田哲郎だ。
日本工芸会と連携し、美術館並みの工芸品コレクションを船内に常設展示。文化的感度が高くお金にも時間にも余裕がある乗客との新しい接点を創出し、オンライン販売の仕組みもつくった。人間国宝による船内工芸レクチャーや地方銀行がコーディネーターとなって日本各地の窯元や工房を巡る寄港地観光ツアーも企画し、人気を博している。
「工芸品や美術品などの日本文化は、世界から憧れられている一方で、日本人自身にとってはあまり知らない世界になってしまっている。そんな現状をなんとかするための舞台として『飛鳥』が使えるのではないかと思いました。富裕層の乗客を連れて全国にある工房や隠れた名所を巡れば、その地域の経済は活性化するし、世界をまわれば海外に日本文化の輸出もできる。これは『飛鳥』が動くから。豪華客船はきっと強力な磁場になる」