アジア

2024.05.30 09:15

北朝鮮の人々はどっちが好き?『親しいオボイ』と『イムジン河』

イムジン河(Yido Kum / Getty Images)

キム・ヨンジャさんや李喆雨さんらは2001年と02年、訪朝して金正日総書記と面会した。01年の際には、キムさんが金総書記らの前でイムジン河などを歌い、高い評価を得た。李さんは「金正日総書記は当時、イムジン河が北朝鮮の歌だとは知らなかったようです」と語る。その一方、キム・ヨンジャさんの歌は北朝鮮でもすでに広く知られていたという。金総書記はキム・ヨンジャさんを高く評価し、2人の写真が労働新聞の一面を飾った。朝鮮中央テレビはキムさんの演奏会を全国に放映した。労働党幹部の一人は当時、李さんに「これからは、堂々とキム・ヨンジャさんの歌を人前で歌える」と嬉しそうに語ったという。
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ところが、米政府系メディア「ラジオ・フリー・アジア」は5月23日、北朝鮮当局がキム・ヨンジャさんの歌を聴いたり歌ったりしないよう指示する命令を出したと報じた。北朝鮮は最近、韓国との平和統一路線を放棄し、韓国を敵視する政策を取っている。李さんは「歌手を名指しで禁じるなんて度を越しています。それだけ、キム・ヨンジャさんの歌には影響力があるということでしょう」と話す。

一方、キム・ヨンジャさんを敵視する北朝鮮が力を入れている曲が、「親しいオボイ(アボジ=父、とオモニ=母をかけた言葉)」だ。北朝鮮の朝鮮中央テレビが4月、新たな歌謡曲としてその映像を公開した。歌詞はこんな感じだ。

「歌おう金正恩 我々の領導者 誇ろう金正恩 親しいオボイ 母親の懐のように温かい 父親の懐のように慈悲深い ひざ元の千万の子どもたちを懐に抱き 情を込めて見守っておられる」
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映像では、「最高指導者お抱えのアナウンサー」として名高いリ・チュンヒさんを始め、老若男女、工場の労働者から学生、兵士などが熱狂的に歌いまくる。なかには、歩きながらスマホで聴いている若い女性の姿も出てくる。まさに、北朝鮮指導部の願いを込めたような場面の連続だ。SNSなどで拡散している模様で「北朝鮮にしては斬新な映像」が受けたと思われる。

だが、果たして、イムジン河の歌詞と比べた場合、こんな歌を誰が口ずさみたいと考えるだろうか。金正恩総書記が最高指導者になって10年以上も経つのに、一部の側近たちはともかく、一般市民の暮らしは全くよくならない。高層ビルをバンバン作っても、一番人気があるのは5階前後というのが現状だ。電気が来ず、エレベーターが自由に使えないからだ。

映画も歌も、わが身に重ね合わせて共感してこそ、長く広く伝えられるというものだろう。好きな歌も歌えず、最高指導者をたたえる歌だけを歌えと言われ、北朝鮮の人々がどう思うか、想像に難くない。

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文=牧野愛博

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