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2024.05.10 13:30

ビジネス思考で勝ち取った!「このミス」大賞作家の意外な正体

山田尚史|作家、マネックスグループ取締役兼執行役、PKSHA Technology共同創業者

講評では、“本格のセンスは光るものがあるが、探偵役が有能すぎるし動機の描写が不十分”との指摘を受けた。そこで、あらためて賞について分析して、どんな作品が好まれ、求められているのかを研究した。「館もの」のような煮詰めたミステリーよりも、読んだ人が楽しめるキャラクターや感情の深掘りをしたほうが有利なのだと気づき、リソース配分を再考するに至ったという。
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より人間ドラマに重点を置くように”ピボット”するにあたり、物語の設定を模索。辿り着いたのが古代エジプトだった。古代ギリシャと比較しても研究途上にあり、未解明の部分が多い。想像の余地が大きい古代エジプトは、誰もが知っているのにあまり小説で書かれてこなかった、いわばブルーオーシャンだった。

とはいえ、もともと古代エジプト史に詳しかったわけではない。約1カ月半、図書館に通い詰め、約50冊の本や論文を読み漁った。宝島社の書籍編集者は、「新人賞応募のために新しいジャンルに挑戦する作家は珍しい。作家は得意な分野や知っているテーマを書こうとするものです。まったく知らないテーマに手をつけられるのは彼の強み」と評価する。

今では象形文字のヒエログリフを読めるまでになったという山田。「自分のなかにあるものを出していくだけだと早晩行き詰まると思うんです。外から情報を仕入れて書く能力を伸ばしていかなければデビューしてもキツいだけなので」。
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そして、応募2作目にして『このミス』大賞を受賞。24年1月、ペンネームである「白川尚史」の名のもと『ファラオの密室』でデビューを果たした。まさに、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)に成功した瞬間だ。

AIやディープラーニングで知られる東京大学・松尾研究室の出身でもある山田は、今後の作家というマーケットについてこう予測する。「AIありきの創作が選択肢のひとつになり、創作できる人の数も増えていく。そうなると作品総数も増え、コンテンツの氾濫が起きる。今後20年ほどで激戦になっていくのでは」。

山田なら、日本で最もAIを使いこなせる作家として活躍することも可能なように思えるが、意外にも「AIは使わない派」だというから興味深い。例えば、冒頭の数行を入れたら結末を何種類か示してくれて、一緒にブレストしながら作品をつくり上げていくAIは今でもつくりえるだろう。「ただ、それをしてしまうと、自分で掲げた『作家であり続ける』という定義から外れてしまう感覚があるんです。ビジネスの売り上げ予測にならAIを喜んで使うんですけど、この差って何なのでしょうね(笑)」。
デビュー作の『ファラオの密室』 (宝島社)は、紀元前14世紀の古代エジプト新王国時代が舞台の本格ミステリー。死からよみがえった主人公のミイラが、ピラミッド内の密室事件の謎に迫る。

デビュー作の『ファラオの密室』(宝島社)は、紀元前14世紀の古代エジプト新王国時代が舞台の本格ミステリー。死からよみがえった主人公のミイラが、ピラミッド内の密室事件の謎に迫る。


やまだ・なおふみ◎PKSHA Technology共同創業者、マネックスグループ取締役兼執行役。2023年の第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。ペンネーム「白川尚史」として、『ファラオの密室』で作家デビュー。

文=堤 美佳子 写真=ヤン・ブース

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