事業継続のためのデリスキング
企業のリスク管理の観点では、米中対立をめぐる輸出入規制や投資規制といった、いわば地経学リスクを削減することがますます重要になってきている。バリューチェーンの隅々にまで地経学リスクが及ぶようになったいま、事業継続のため求められているのがデリスキングである。供給源から出荷先まで端から端まで(End to End=E2E)サプライチェーン調査を行い、脆弱性を点検し、必要に応じて国内回帰や第三国への多元化を進める。そうした動きが少しずつ広がってきた。
2021年に発足したバイデン政権は、2022年10月7日に先端半導体に関する輸出管理規則を導入。さらにファーウェイなど中国ハイテク5社の米国における輸入・販売も完全に禁止し、デリスキングの政策が進展している。
日本政府は経済安全保障推進法を成立させ、サプライチェーン強靭化を支援してきた。2022年12月に半導体、蓄電池、工作機械、抗菌性物質製剤など11物資を「特定重要物資」に定め、そのサプライチェーン強靭化に取り組む企業に助成金を交付している。その予算規模は1兆円を超える。制度開始から1年が経ち、すでに65件が支援を受けてきた。
一方で、リスクは中国やロシアなどに限らない。アメリカで高まる保護主義、それに伴う輸出管理も企業を戸惑わせている。新興技術を扱う企業では、ワシントンD.C.の支社設置やシンクタンクとの連携を進める動きが、急速に進展している。最新の情勢分析とともに、米国議会で規制や補助金など政策形成に影響力をもつ議員や政策当局者への働きかけを強めている。
日本企業にとってあまりに不利な規制をかける動きに、どう対処すべきか。米国政府で輸出管理の中枢にいた元幹部にたずねた。答えは「METI(経産省)と話せ」だった。デリスキングのため企業としてできる限りのことはしつつ、政府と連携し、規制調和(regulatory harmonization)をうながす。官民の戦略的対話が重要だということだ。
米国の政策当局者と話していると、もうひとつ話題になるデリスキングがある。それは、新興技術のイノベーションや、戦略産業の新規事業展開に伴う企業のリスクを軽減する、という意味でのデリスキングである。
例えば医薬品では、人への有効性・安全性を確認する臨床試験で、巨額の資金が必要となる。コロナワクチンの社会実装において、米国政府が企業の臨床試験を資金面で支えたのみならず、有効・安全なワクチンが承認されれば全国民に広く流通できるよう、買い上げを約束した。こうしてファイザーやモデルナは驚異的なスピードでmRNAワクチンを成功させた。
日本も、国にとって重要な50の技術を対象に経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)を実施しており、すでに5000億円の予算が措置されている。しかし技術成熟度に応じた社会実装へのロードマップが明らかとは言えず、課題も多いのが実情だ。2024年は日本でもイノベーションのためのデリスキングが進展することを期待したい。
さがら・よしゆき◎1983年生まれ。国連、外務省、DeNAなどを経て現職。国連ではニューヨークとスーダンで勤務した。研究分野は経済安全保障、制裁、健康安全保障、国際紛争。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。