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2023.11.30 17:45

文才光る、車いすの高校生 夢ちゃんが伝えたい「インクルーシブ」の本質

督 あかり

 「最初のころは、ほめられて嬉しくてただ書いているだけでしたが、だんだん私の当事者目線を周りに伝えるのにプラスになると気づきました。周りに配慮を求めたりするときにも、培った表現力が役に立ったと思えたし」
 
人を力づけたり、傷つけたりする「言葉」の力にも関心を持ち、一時期は臨床心理士を目指して、心理関係の本を読み漁った。
 
シンポジウムなどで登壇の機会も増えた=9月、名古屋市内で

シンポジウムなどで登壇の機会も増えた=9月、名古屋市内で

芥川賞『ハンチバック』を読んで

今年、圧倒された小説が芥川賞受賞の『ハンチバック』(市川沙央著)。重度障害者の「当事者文学」として注目を浴びたが、その主人公で車いす・人工呼吸の釈華に自分を重ね、高校生読書体験記コンクールに応募した。
 
小説は障害者の性や自己否定の感情にも触れたハードな内容だが「読んでいて、心臓を握りつぶされるような衝撃を受けた」という。悲劇のヒロイン的な立ち位置の自分に嫌悪感を覚えたこと、そのつらさを吐き出す先がなくて、「前向きに頑張る障害者の女の子」の自分を受け入れるふりをしたことなど、体験的に重なる部分がたくさんあった。そして、ハンチバックで描かれたような世界が存在することに、怖さと喜びを同時に覚えた、という。
 
「いつものきれいな文章じゃ戦えないなって思って、対決しようとしたら、真っ黒な文章になってしまった。あれが私の本質」と笑う。その作文が、県代表になり、来年1月の中央審査会で入賞すれば、市川さんに会える可能性もある。来年の正夢になるかもしれない。

両親は「体験すること」をいつも応援してくれた

ネット社会の中、子どもの文章力を伸ばすにはどうしたらいいか、アドバイスをしてもらった。
 
「本をたくさん読むことが大切とよく言われるけれど、私はいろんな所に行って、いろんな人に会うことが何より大事だと思います。そこでわいてきた感情を言語化すること。交流して遊ぶこと。それが一番のトレーニングでは」
 

体験を重視した子育てを実践してきた両親と小6の夢ちゃん=2019年1月

体験を重視した子育てを実践してきた両親と小6の夢ちゃん=2019年1月


そう断言できるのは、両親がいつも「体験すること」を応援してくれたからだ。
 
難病で歩けなくなってからも、父・和彦さんは釣りやキャンプに連れていってくれて、大人たちと交流した。
 
小学校4年の春休みには、パラリンピックのアイスホッケー選手だった上原大佑さんらとともに、上原さんの主宰するNPO法人の事業でカナダのバンクーバーを訪問。障害者福祉の進んだ街の魅力に浸った。車いすスポGOMIの活動も知った。
 
人工呼吸の作業療法士、押富さんも、佐野さんに大きな影響を与えた。押富さんの「楽しむことが一番」主義を見習って、仲間、味方を増やし、楽しみながら社会を変えていくという生き方を目指している。私が9月に出版した『車椅子に乗った人工呼吸器のセラピストー押富俊恵の5177日』(中日新聞社刊)にも、佐野さんは押富さんの思いを継ぐ次世代として登場する。
 
「できない、難しいと思うことを、ものともせずに挑戦している人たちが周りにいて、かっこいいなと思ったし、そうなれたらいいなと思うようになったんです」
 
佐野さんがデザインした「カラフルスライムズ」のステッカー

佐野さんがデザインした「カラフルスライムズ」のステッカー

絵の才能もあり、中学時代から描きためたパソコンアートの妖怪たち「カラフルスライムズ」は、駄菓子屋・横さんちを運営するリツアンSTCを通じて、ステッカーやTシャツなどに商品化され、静岡県のSDGsスクールアワードのステッカーに採用され、サッカーのジュビロ磐田とのコラボ企画も生まれた。

故郷に確かな足跡を刻んで、目指すは大学進学、そして念願のひとり暮らし。"夢ちゃん"の挑戦は、これから本番を迎える。

文=安藤明夫

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