その東京藝大が、社会との共創を目指して本格的に動き出した。その活動を発信する展示として、東京藝術大学大学美術館で26日まで、「芸術未来研究場展」を開催している。
「芸術は未来に効く!」と題された同展のオープニングシンポジウムでは、教授、学生、企業や自治体関係者まで、幅広い人が東京藝大に集合した。「東京藝大の中に入るのは、はじめて」と話すビジネスマンは、どこか嬉しそうに高揚している。その会場を軽やかに歩き回るのが、「芸術未来研究場」のリーダーで、東京藝術大学長の日比野克彦氏だ。
日比野は「アートは人間にとっての生きる力。いまここにないものをイメージする力は世界を変え、未来をつくる力」だと話す。
研究所ではなく「研究場」
芸術未来研究場は、人が生きる力であるアートを根幹に捉え、人類と地球のあるべき姿を探求するための組織として、2023年4月に創設された。「研究所」ではなく「研究場」としたのは、場で刺激を受け、ものごとが動いていく、開かれた場所を目指した日比野のねらいだ。設立に込めた日比野のメッセージを読むと、地球、人類、芸術、未来……など壮大な言葉が連なる。しかし、その中心軸には「アートによってこころは動く」という確固たる自信、パワーを感じる。
ここでの「アート」は、絵画、彫刻、音楽、映像などのアート作品だけでなく、人のこころを動かすもの、社会を動かすものとして、広義に括られている。
「芸術未来研究場展」では、芸術未来研究場の5つの横断領域、芸術教育・リベラルアーツ、クリエイティブアーカイブ、アートDX、キュレーション、ケア&コミュニケーション領域から、現在進行中の実験と実践を展示する。その多くが、来場者が見たり、聴いたり、触れたり、体験できるものになっている。
展示作品は、教員・学生だけでなく、他大学・企業・自治体等との連携によるものも多い。期間中は連日のようにイベント・ワークショップが開催され、インタラクティブな情報交換の「場」となっている。
“アートの出前”で思わず身体が動き出す
会場に入ってすぐの、大きな白壁。投影される映像のしゃぼん玉と、自分の影であそぶインタラクティブなインスタレーションは、ケア&コミュニケーション領域の展示だ。自分の影に反応して、映像のしゃぼん玉が弾けたり、音が鳴ったりするのがたのしく、つい身体を動かしてしまう。この作品は、先端芸術表現科の古川 聖教授とウォルフガング・ミュンヒによるもの。開発した当時は、どう使うかは考えていなかったという。その後、この作品が、高齢者や知的障がいのある方など、能動的に身体を動かすのが難しい人でも、思わず身体を動かしてあそんでしまう効果があることがわかった。開発されてから20年近く経過しているが、現在も世界各国から要望がある人気作品だという。
「プロジェクターを使った単純な仕組みとツールで動く仕掛けで、持ち運びがしやすいのも利点。僕らはこれを“アートの出前”と呼んでいる」(古川)