「来日せねば食べられないもの」はもうない?
山本:現状、悲しいことに「日本に来なければ食べられないもの」は実はもうなくなってきている。たとえばかつて、ニューヨークに寿司店を出したいアメリカ人は、日本に寿司店を探しに来ました。
しかし今、日本の名匠たちがアメリカに旅立ち始めています。たとえば名古屋の栄にある、100余年の歴史を誇る江戸前寿司店「寿しの吉乃」が日本の本店を畳んでニューヨークにお店を出していますよね。
そんな流れもあるので、ヨーロッパも含め、ニューヨーク以外のロケーションに寿司店を出したいと思う人は、今はみなニューヨークに探しに行くんです。もう日本には探しに来ないんですよ。それだけニューヨークが寿司の主流になってきている。
川井:さきほど、アメリカの物流がアップグレードして日本食をおいしくしている、というお話もありましたが、日本に残る、技術的にも努力している優れた職人さんもいますよね。たとえば富山の「鮨し人」は、冷凍技術がすごい。たとえばアオリイカが獲れると、1年分冷凍してしまう。実際に食べましたが、冷凍の方が甘くておいしかったくらいです。こういうことをするのは、日本ならではの職人さんかなとも思います。
──海苔はやはり、寿司と関係が一番濃いですか?
山本:冒頭でもお話しましたが、海苔はやはり、寿司と一緒に使われるボリュームが多い。相関関係が密接です。寿司屋でしか流通しない魚の「小肌」みたいなものですよね。
川井:アメリカ以外だと、ブラジルやヨーロッパ系とか中東系でしょうか。
山本:中東もですが、とくにヨーロッパはそれぞれの国に食文化がある。そういう文化を背景に日本食を食べる人たちは、アメリカで日本食を食べる人たちに比べるとマイナーというか、人口も、アメリカのボリュームに比べると少ないですね。
フランスで流行っていると話題のラーメン屋も、数は数軒しかない。その国の食文化が濃い風景の中で異質なことをやれば目立ちはしますが、やはり、フランスで日本食を売るのは相当大変だと思いますよ。
海外輸出用の水産会社「羽田市場」がある
山本:「羽田市場」という海外輸出用の水産ベンチャーがあるんです。彼らは羽田空港を拠点に、主に空輸手段による鮮魚流通の仕組みを作っています。アメリカの寿司店などへの水産物供給のために、飛行機を日々の輸送手段としている。私がニューヨークで通っている寿司屋さんも、何回か日本に来て、羽田市場を訪れ、「この魚はこういう切り身で、こういうパックで送ってくれ」と細かく指示してアメリカまで空輸させる。もちろん鮮度対策も万全です。この間、ニューヨークに行った時、なんと一番札のウニ(「本日入荷した中で一番のウニ」という印として貼られる札)が店にありましたよ。
もう、下手な日本の寿司屋だったら、ニューヨークの方がはるかにおいしくなっている。
ただ残念なことに、素材が「100パーセント日本産」なんですよ。地産の素材を使う寿司屋さんがどんどん減って、みるみるうちに、みな日本産を使うようになった。
川井:「残念なことに」の真意は、「日本のいいものを全部、アメリカに持っていかれている」ということですね?
山本:はい。お米までたくさん持っていっています。それだけ物流が変わってきて、魚も米も、並行輸入でどんどん流出している。
川井:逆にいえば、生産者としては、海外輸出に活路がある、ということですね。高く買ってももらえる。日本の需要が今これだけシュリンクしていますから、しばらくはもう、輸出に活路を求めるしかないかもしれませんね。