「脳の適応力」も利用
「遠近両用コンタクトレンズ」とは、加齢に伴い変化する目のために工夫が施されたコンタクトレンズである。1枚のレンズの中心部に「近くを見るための度数」、外側に「遠くを見るための度数」を配置することで、近くのものも遠くのものも自然に見ることができるような構造だ。目の周りにある筋肉、毛様体筋によって目の「厚み」を調整することで、対象をはっきりと見ることに役立つのが「水晶体」だ。そしてそもそも老眼の原因は、水晶体が加齢とともに硬く変化し、柔軟性が失われることにある。水晶体が固くなると、厚みの調整が困難となり、「老眼」といわれる状態になるのだ。
「遠近両用コンタクトレンズ」は、「遠くを見る部分」から「近くを見る部分」まで、光学部が自分の瞳孔径に最適化して設計されている。
そのため、遠近両用コンタクトレンズを使用し始めると、脳が最適な視界を選択することで、近くも遠くも快適に見ることができるというのだ。脳の適応力はなかなか大したものだ。
──関連して、脳の構造と目の関係について、次のような興味深い話がある。
アメリカの知覚心理学者G.M.ストラットンは、1890年代に二度にわたって、ある特殊なメガネを用いて脳の驚くべき適応力について実験を行った。
ストラットンは、上下左右が逆転する片目専用のレンズを装着し、もう片方の目は覆ったままで数日過ごした。その結果、メガネをかけた直後は逆転していた視覚世界は、やがて正立してしまったという。
正立までの過程については、同じく逆転メガネをかけて実験した、カリフォルニア工科大学の下條信輔教授による詳細な報告がある。
逆転メガネをかけた直後は、視野が上下左右に激しく揺れ動き、重症の船酔に似た症状になり、食べたものを吐いてしまったという。
遠近両用コンタクトレンズは、ここまで脳に「適応」を強いるものではなさそうだが、脳のすぐれた構造を利用した商品ではあるかもしれない。ストラットン博士にもぜひ装着してほしかったところだ。
人生後半をも存分に楽しむために
ピノキオの「ゼペットじいさん」さながら、鼻眼鏡にした老眼鏡越しに上目使いで会話をしたりする必要もなく、なによりも老眼を人に知られることなく細かい活字と親しみ、日常生活を送ることができるとしたら本当にすばらしい。冒頭で紹介した、同社が蔦屋書店とともに行う目の健康への意識訴求キャンペーンが、ドライアイや白内障、緑内障など、そもそもの眼の疾病を早期発見することに資することはもちろん願いたいところだが、それでも、老眼期はあまねく万人に訪れる人生の季節である。
だからこそ、老眼でも使えるコンタクトレンズは愛読家にはうれしい施策であり、プレゼントである。そして、読書のみならず、たとえば70代で、ビル群のはるか彼方上にうすくあおく輝く都心の星を見ることができたら最高ではないか。
人生100年時代の今、「老眼用コンタクトレンズ」がもたらす未来に期待したい。