2020年2月、新型コロナウイルスの影響で金属など輸入原材料の流通が滞るなどしたため、予定していた仕事の延期や中止が重なり売上が8割減。3月に同社の石井社長が相談にいらした際、まず検討したのは「今後ニーズがある分野で自社の技術を活かすとしたらどんな商品が考えられるか」。そしてリサーチの結果目を付けたのが、スーパーマーケットの床に「こちらでお待ちください」と貼られている「足跡フロアシート」である。
既存のカーペット業者と比較したときに低価格・短納期であること、カーペット地であればシールが貼れない床にも1枚から設置できること、水洗い可能であり衛生的であることなどに注目し、屋内商業施設や健康診断会場などを使用シーンとして想定。
『敷くだけソーシャルディスタンス』とネーミングした。発売後は業界で初めての商品ということでメディアにも注目され、新型コロナウイルス対策商品として大手ホテルや商業施設、医療機関などから受注があった。そして2021年8月には、コロナ発生前の売り上げ水準まで回復したのである。
「この商品はコロナ禍だから売れたのであり、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行した昨今、ニーズがないのでは?」「ウォータージェット切断機さえあれば出来る話。競合がどんどん出てくるので一過性でしかないのでは?」と考える方もいるだろう。確かに今回の商品はコロナ禍といういわば非日常のシーンにターゲットを絞った商品だ。そして「技術的優位性」という意味では所有している設備によるところが大きい。
では、結果はどうだったか? 予想通り「ほぼパクリじゃないか」と言いたくなるような商品は現れた(商標登録すべきといった議論はここでは置いておく)。しかし5類感染症に移行後もなお、大手製薬会社などからの依頼が来るなどその需要が途絶えることはない。
ビジネスモデル上の変化を図解
今回の事例におけるポイントは①自社の「強み」を顧客の「価値」に転換できる「市場(顧客)」を見つけたこと、そして②「新商品を売る」だけではなく「新商品を通じて技術や資源の見える化をした」ことである。ビジネスモデル上の変化を見てみよう。下の図は、國翔の既存事業(金属加工)のビジネスモデル(上)と新商品『敷くだけソーシャルディスタンス』のビジネスモデル(下)をビジネスモデルキャンパス上に表したものである。
今回、注目したのは既存事業における同社の「強み」だが、先に触れたようにキーリソースである「ウォータージェットの切断加工技術」だけでは差別化の観点でやや弱い。しかしそこに「新商品開発にかける行動力」という強みが掛け合わさることで、コロナ禍においても早い段階で新商品開発に取り組むことができ、先行者利益に繋がっている。
また、新型コロナウイルス流行という外部環境を踏まえ「空間に合わせてオリジナルデザインが可能」「1枚から製造・交換可能」というカーペットならではの「価値」が活きる場所として新型コロナウイルス対策商品というあらたな「市場」を特定したことで、それまでの自動車部品メーカーや医療機器メーカーから内装業者やデザイナー、クリニックや病院へと新たな「顧客」が開拓されている。
ビジネスモデル上のもう1つの大きなポイントが「メディア」の活用である。狙いは2つ。
1つ目は、新商品の売上向上である。資金が潤沢でない中小企業・小規模事業者の場合、プロモーションに力を入れたくても有料広告はハードルが高い。そこで無料で作成可能なプレスリリースを活用して近隣の記者クラブに配信し、記者に存在を認知してもらう。記者が魅力を感じて運良く紹介されれば宣伝効果は高く、結果として売上に繋がる。