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2023.07.16

幕末の志士のようにアンフェアな現代に挑む

浅田次郎著「壬生義士伝」

各界のCEOが読むべき一冊をすすめるForbes JAPAN本誌の連載、「CEO’S BOOKSHELF」。今回は、Lecto代表取締役の小山 裕が『壬生義士伝』を紹介する。 


幕末の志士のようにアンフェアな現代に挑む時は、幕末。盛岡南部藩の最下級の武士として生まれた吉村貫一郎は、極貧ゆえに脱藩して新選組の隊士となり、妻と子どもたちを養う金を得るために、刃がこぼれ落ち、刀身が曲がるまで人を斬り続けた―この「壬生義士伝」は、作家浅田次郎が初めて手がけた歴史小説であり、主人公である吉村貫一郎の生涯や彼を取り巻く人々を通じて、人が生きる理由、果たすべき使命を伝えようとしています。

文学やミステリー、サスペンスなど、ジャンルを問わず数多くの本を読んできた私がとりわけ好きだったのは、歴史小説です。わが家が武士の家系だったらしいと聞き、さらに夢中になったのですが、自分の信念を貫き通して生きる主人公の姿にふれるたびに、自然と自分もそうありたいと思うようになっていました。

なかでも、本書の舞台である幕末は、それまで自分が信じていたものが突然にひっくり返され、理不尽を突き付けられた時代です。その時代に、主人公である吉村貫一郎はたとえ自分の命が危険にさらされても、義を貫き、妻や子どもたちを思う「人の心」を失うことはありませんでした。

かたちこそ違えど、理不尽はどの時代にも存在しています。例えば、就職氷河期世代の私たちは、自分たちではどうすることもできない「バブル崩壊後の不景気」という理不尽と戦いながら、社会に出ていかざるをえませんでした。

そんな社会に対する憤りも起業へのモチベーションのひとつ。当時の日本は、大企業を中心とした経済・社会構造であり、社会人は「こうあるべき」といった旧態依然とした画一的な価値観が少なからず存在していました。私は、起業してそういった大企業や既存の価値観に正々堂々と挑戦し、自分が思う世界の理想像と現実とのギャップやアンフェアに対して戦いを挑み続けたいと考えていました。

ところで、最近気になるのは、物事を「目の前の事実」や「合理性(損得)」ばかりで判断する人や企業が増えていることです。テクノロジーの進化によって、時代の変化が早くなったこともその要因でしょう。しかし、大事にすべきは常に「想像力」であり「他者への敬意」であり「フェアネスの精神」であると私は強く信じています。つまり本来あるべき「人間らしさ」にほかなりません。そのためにも我々は、自分たちの未来の姿を思い描く努力を決して怠ってはならないのです。

歴史小説には、人間が人間らしく生きるためのヒントがちりばめられています。これはビジネスやマネジメントの現場でも同様。私も未だに歴史から感銘を受け、吸収しています。ぜひ、皆さんも歴史小説を通じて、人としてのあり方や人同士の絆をいま一度考えてみてください。

title /壬生義士伝
author/浅田次郎
data/文春文庫 上・896円/463ページ 下・902円/454ページ
profile/1951年、東京都生まれ。さまざまな職業を経て91年小説家としてデビュー。「地下鉄(メトロ)に乗って」「鉄道員(ぽっぽや)」など受賞作、人気作多数。長編、短編集、エッセーなど幅広いジャンルで活躍し、シリーズ化される作品も多い。


こやま・ゆたか◎1977年、東京都生まれ。三越伊勢丹グループ、KDDIグループなどを経て2012年に決済に関する保証会社を創業。17年に保証会社Gardiaを創業し、代表取締役就任。20年に退き、督促回収テックを展開するLectoを創業。現在に至る。

文=内田まさみ 写真=タワラ

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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