成果偏重の世の中に少しの風穴を
何事でも面白がって真剣に取り組んでいると、いろんな人が「参加したい!」と集まってくる。それはきっと個人の「偏愛」に共感してくれるのだろう。例えばぐるなびの取締役会長・滝久雄さんは、今年5月、「東京を世界一の観光都市にしたい」と長年温めてきたプロジェクト「偏愛東京」を、東京工業大学で行われた特別講演で発信。建築家の隈研吾さん、漫画家の大友克洋さん、東京藝術大学学長の日比野克彦さんらも登壇し、世界に通用する東京の魅力を学生に説いた。
また、10月には東京都渋谷区に178人のタナカヒロカズさんが集まり、ギネス世界記録「同姓同名の最大の集まり」を達成。主宰の田中宏和さんは、ギネス挑戦前にこのようなことを書いている。
「『努力』の尊さを軽んじるつもりはありませんが、みんなが『努力』を強要されているような、『がんばったぶんだけ報われる』というギスギスした『成果』偏重の世の中に、少し風穴を開けてみたい。」
そうしてギネスは達成された。小さくて深い愛に共感が集まり、その価値が重んじられたのだ。「偏愛」はこれからの時代、非常に大切なキーワードになるに違いない。
最後に、「湯道」が紡いだ縁の不思議について書いておきたい。「マイ桶を持って近くの銭湯に行くのが好き」で、「湯道温心」という言葉をくださった京都の大徳寺真珠庵の住職・山田宗正和尚。手洗い鉢を湯道具としてつくってくださり、映画の題字をしたためてくれた陶芸家の辻村史朗さん。このおふたりとのご縁をつくってくれたのが、滋賀県の和菓子店「叶匠壽庵」の、いまは亡き芝田清邦社長(当時)だ。
10年ほど前、お店のブランディングを頼まれ、お付き合いがスタート。梅園と工場を併設した本社「寿長生の郷」の立派なお茶室で、何度かお茶をいただいた。
今回の映画『湯道』には「湯道会館」という、家元の住まい兼道場が出てくる。それがなんとスタッフが偶然見つけてきた、このお茶室なのだ。芝田さんはまぎれもなく、「湯道」のひとつの縁をぐるりと大きく描いてくれた。ここに感謝を申し上げたい。本当にありがとうございました。
一見不真面目に見えるかもしれない大人の「遊び」に、真剣に取り組むたくさんの仲間。「偏愛」の輪が広がっていくとき、未来はきっと楽しいものになる。
今月の一皿
「丸金温泉」とは関係ない、たいやきカフェ「まるきん」の鯛焼き。筆者の故郷、熊本・天草の銀天商店街にあります。都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。