ジャコメッティの灰皿|椿昇×小山薫堂スペシャル対談(前編)

東京blank物語

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、現代美術家の椿昇さんが訪れました。スペシャル対談第6回(前編)。


小山薫堂(以下、小山):椿さんは現代美術家でありながら、商業作品にも携わっていますよね。例えば、カリフォルニアのワイナリー「オー・ボン・クリマ」の、エチケットのデザインとか。

椿 昇(以下、椿):「ツバキラベル」ですね。ある人から「先生と気が合う、めっちゃイカれたヒッピーに会わへんか?」と言われて会ったのが、オーナーのジム・クレンデネンさんで、同い年で意気投合してね。大の日本びいきであるジムが特別にブレンドした、日本限定特別ワインのラベルを頼まれたので、引き受けました。

小山:ギャラはもしかしてワイン?

椿:ええ、ピノ、シャルドネ、シャンパンとたくさんいただきました。僕が水墨画を描いた襖(ふすま)絵と交換したこともありましたね。

小山:椿さんにとって、「食」は芸術のとっかかりのひとつですか?

椿:僕はまず食から入ります。食がよければ、その地域や人々を信用できるから。大量生産で日本中に売るためには添加物を入れないと無理だけど、あるクオリティを担保しようと考えるのなら、添加物は入れないし、少人数を相手に商売をするでしょう。ドイツには「ビールは工場の煙突の影の落ちる範囲で飲め」という格言があるんです。

小山:なるほど。その範囲内であれば、常に新鮮だし、かつ輸送費もかからない。

椿:そう、本物の味は煙突の影の中でしか飲めない。枝豆もとうもろこしも、畑で食べるとぜんぜん違うでしょう。そういうのに出合うと意識が覚醒する。舌や匂いから僕はイメージが湧くし、クリエイティブなものが生まれるんです。

小山:そういえば僕も映画『おくりびと』の脚本執筆を引き受けたのは、庄内が舞台だったので、奥田政行シェフの「アル・ケッチァーノ」に行ける!という不純な動機からでした(笑)。

特定の人しかわからない記号


小山:ここ「blank」は会員制のビストロなのですが、アートを置くとしたらどういうものが似合いますか。

椿:ミニマルな作品を置いたほうがいいかな。モノリスのような黒いバーを1本だけとか。もしくは、この雑然としたものたちの中にさりげなくジャコメッティの作品を置いておく。そして誰も気づかない。

小山:それ、超カッコいい!

椿:「それひとつで、このビル建つよ」みたいな。そういうのがコレクションというか、遊びなんです。

小山:知人のレストランがもうすぐ竣工するのですが、自らの体を型取りしてつくった人体像で知られる彫刻家アントニー・ゴームリーの作品が廊下にポンと置いてあるんです。一般の人が見ても絶対にわからないし、落書きされるんじゃないかと思うけど、すごく面白いなあと思って。

椿:やっぱり、一般の人に気づかれたら負けなんですよ。和歌の本歌取り(古歌を素材に取り入れ新しく作歌すること)もそうですが、本来アートというものは、「ある特定のシンジケートのメンバーしかわからない記号」でないといけない。合言葉というか、フリーメイソンみたいにわかる人だけが入会できるというようなね。

小山:でも、例えば村上隆さんとか草間彌生さんの作品は、パッと見てその人の作品だとわかりますよね。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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