不景気予測の「取りやめ」ではない
前述のファイナンシャル・タイムズ紙は、大手監査法人であるアーンスト・アンド・ヤングの今回の処断は、 2023年の不景気を覚悟してのものだったと論評している。
経済評論や新聞取材とは違って、会計監査法人は、外には出せないクライアントのナマのデータを見てきているので、アーンスト・アンド・ヤングは2023年には確実に不景気の足音が聞こえてくると判断したのかもしれない。
それに加えて、アメリカはコロナ禍を契機に著しい人手不足に見舞われていて、全業種横断的に失業率が低い。人手不足のときに約束のボーナスを取りやめるということの異常性が、経済界を驚かせたと言えるだろう。
とはいえ、アーンスト・アンド・ヤングは今期、22万人の新しいスタッフを採用するという計画は変えていない。つまり、今回のボーナスの取りやめは「不景気を覚悟するから出費を抑える」ということではないかもしれない。
むしろ、アーンスト・アンド・ヤングが世間の一般優良企業がそれぞれボーナスに対して慎重となるトレンドを読み込み、「自分たちの社員が一般企業に引き抜かれていく圧力が軽くなった」と判断したという可能性のほうが有力と見るべきか。ならば、対処的に「バンドエイドを貼る」必要はないと考えたか。
実際、アーンスト・アンド・ヤングは、2022年の決算期には前年を19%も上回る2兆円の売上を上げている。だとすると、ボーナスをもらえるつもりで頑張った人たちに、徒競走が終わったところで賞品を取りやめるというような処断が、社内の士気をどこまで低下させるのかというのも不安なところだ。
このように、おしなべてこれまでの経済変動になかった動きに労働市場が混乱に陥っているのは確かである。数十年ぶりのインフレに加えて不景気も重なり、(現時点の唯一の好材料である失業率の低位が)いよいよ反転して失業率が高じていくのならば、今年は経験したことのない経済状況に雇用者側も従業員側もさまざまな混乱に見舞われるかもしれない。
そして、今回のアーンスト・アンド・ヤングの「ボーナス取りやめ」は、その予兆かもしれないのかとアメリカの経済界では囁かれている。