EUの高官の一部からは、米国について、ロシアが仕掛けたウクライナでの戦争で利益を得ているといった不満も出ている。これに対してジョー・バイデン米政権は「欧州でのガス価格上昇はプーチン(ロシア大統領)によるウクライナ侵略と欧州に対するエネルギー戦争によって引き起こされたものだ」(国家安全保障会議=NSC=報道官)と指摘している。
たしかに、米国が欧州などへの液化天然ガス(LNG)輸出によって国として利益を得ているという非難は、その販売がすべて民間企業による市場ベースの契約で行われていることを考えれば、やや的外れと言わざるを得ない。米国政府にLNGなどの取引価格を決める権限はほとんどない。
一方、米国で今年8月に成立したインフレ抑制法や、2021年の超党派インフラ法に含まれるさまざまな優遇措置や補助金の影響に欧州側が寄せる懸念は、より妥当なものと言える。こうしたインセンティブを活用できる事業に、相当な額の投資資金が新たに流れ込むことは疑い得ないからだ。
筆者は8月以降、リチウム採掘、核融合、電池製造、炭素回収など、エネルギー転換に関連した事業に取り組む6社の最高経営責任者(CEO)をインタビューした。うち2社は本社を欧州に置くが、インフレ抑制法の優遇税制措置などを利用して米国市場に参入することができる。資金は新たな資金を呼び込む。インフレ抑制法に盛り込まれた3690億ドル(約50兆円)規模の新たな優遇措置や補助金が、狙いどおりの効果を発揮しているのは間違いない。
ただ、公平を期して言えば、米国の政府や議会がインフレ抑制法や超党派インフラ法を通じて行っていることは、欧州のエネルギー転換モデルをおおいに参考にしている。EUや多くの欧州諸国は今世紀に入り、炭素や原子力に依存したエネルギーミックスから再生可能エネルギーの比率が高いエネルギーミックスへの移行を促進するため、各種の優遇措置や補助金、規制措置を導入してきた。米国のインフレ抑制法や超党派インフラ法もまったく同じ戦略に基づいている。
米国でもこの戦略が意図したどおり機能し始めているのは明らかで、2つの法律の対象となるさまざまなグリーンエネルギー事業に民間から巨額の資金が投じられている。半面、こうした米国向け投資によって欧州側が割を食うかたちになることも疑いの余地がない。
つまり、フォンデアライエンらEU高官の懸念には現実に十分な根拠がある。とはいえ、競争のある世界である以上、EUや欧州各国の政府にも対応する権利があるし、実際、対応するに違いない。
プーチンの邪悪な戦争によってあらためて証明されたことがあるとすれば、それはエネルギーの安全保障とは国家の安全保障にほかならないということ、また、あらゆる国は自国の利益のために行動する権利と義務があるということに尽きるだろう。
(forbes.com 原文)