チハン・ユー(43)は、2010年に米ボストンのある駐車場で空きスペースを探してさまよっていたとき、「もっとうまいやり方があるのに」と思った。その何年も前、コンピュータ科学専攻の学生だった彼は、大学内のコンペのために自動運転車用のAIソフトウェアを設計していたからだ。
「あのとき、AIを単に学術の世界で扱われるだけのものから、もっと幅広いビジネスの世界で使えるものにしなければならないと思ったのです」
エイピアの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)を務めるユーは、そう振り返る。
そしてユーは、妻で最高執行責任者(COO)のウォンリン・リー(41)と、それをやってのけた。2人は、台湾の新しい世代のテック人材を象徴している。その世代とは、同国の主要産業であるハードウェアビジネス以外の分野で成功を収めている者たちのことだ。ユーとリーは、エイピアを10億ドル規模のソフトウェア企業に成長させた。同社は21 年、東京証券取引所で株式公開し、2億7000万ドルを調達。このときの評価額は約14億ドルだった。
エイピアは現在、米国でのさらなる成長と、製品群の拡大に照準を合わせていると、ユーは話す。同社の専門分野は、機械学習とビッグデータを組み合わせ、顧客のデジタルマーケティング支援にある。つまり、AIを使って顧客の行動を予測し、あらゆるデバイスで企業がパーソナライズされたメッセージを届けられるようにしている。
デジタルマーケティングサービスは、広告の投資対効果の向上と顧客離れの低減をもたらす価値の高い手法と謳われているが、エイピアの財務状況は、その需要の高まりをなぞっている。21年の収益は前年比41%増の127億円(1億1100万ドル)で、2年連続の伸びを記録。営業損失は11億円に減少し、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)は初めて黒字化し、4200万円だった。また、さらなる成長の可能性も極めて大きい。米市場調査会社グランド・ビュー・リサーチによると、デジタルマーケティングソフト市場は21年に570億ドルに達しており、今後10年間で、年平均成長率19%のペースで拡大する見込みだ。
とはいえ、同社の投資家にとってのこれまでの道のりは、山あり谷ありだ。エイピア株は好調なスタートを切ったものの、この1年で43%値下がりしており、時価総額は1080億円(4月8日時点)になっている。これは、同期間に8%値下がりした日経平均株価の下落幅を大きく上回る。だがリーは、「エイピアがユニコーン企業であるかどうかは問題ではない」と、この状況をさらりと受け流す。それより、その1社だけでベンチャー投資ファンド全体のリターンを出せる“ドラゴン企業”になるほうがいいという。
「投資家が出資する際に求めるのは、自分にリターンをもたらせる企業ですから」(リー)
エイピアは、アジアのAIマーケティングで他社に先んじ、行動パターンのデータベースを開発した。同社は、このデータベースを使い、顧客企業が新しい売り上げの機会を見つけ、消費者がどのように行動するか予測し、さまざまなデバイスや複数のマーケティングチャネル上で、関連性の高いメッセージや購買意欲を引き出すインセンティブを活用したデジタルキャンペーンを自動化する手助けをしている。データをインサイトに変えることは重要だが、そのインサイトを行動に変えることは大半の企業にとって必要不可欠だと、リーは語った。