ビジネス

2022.11.11 10:30

ユニコーンからドラゴンに、台湾発AI企業エイピア


近年、ウェブサイトを閲覧した際に記録される利用者情報の「クッキー」の廃止に伴って、広告主たちは広告の狙いを定める新しい方法を切実に必要としている。クッキーは、これまで以上にテック製品によってブロックされるようになっている。

「昨今では、消費者はパソコンやスマートホン、タブレット端末といったさまざまなデバイスを利用して情報を入手しています。ですが、精密マーケティング(既存顧客との関係を深化させて維持するマーケティング手法) を手がける企業の多くは、一つのデバイスだけを分析する傾向にあるため、効果を得るのは容易ではありません」(リー)

AIを使った広告活動を推進する市場は、参入者が増えて過密化しており、ソフトウェア大手のアドビやセールスフォースもしのぎを削っているが、さまざまなデバイスのすべてを対象にしているという優位性は、エイピアにとって大きな力となっている。

大学などで長年かけて開発され、社会の大きな問題を解決しうる最先端技術であるディープテックを使ったソフトウェアのおかげで、エイピアは毎日、20億個近いモバイル端末上で150億人のユーザーにリーチしており、そのテクノロジーは毎日510億の予測を生成している。最大の市場は日本、シンガポール、台湾で、1088社にも及ぶ顧客リストには、カルフールやグーグルなどが名を連ねる。

アパートで共同生活をしながら起業


エイピアの始まりは、12年前の米マサチューセッツ州モールデンにある。ユーがコンピュータ科学の博士号を取得すべく在籍していたハーバード大学から、クルマですぐの街だ。スタンフォード大学の修士課程で出会ったユーとリーは、同じくハーバードのコンピュータ科学の大学院生だったチャユン・(ジョー)・スー と一緒に、アパートを共同で借りて暮らしていた。3人とも台湾の出身で、米国のスタートアップ文化に触発されたとリーは語る。

ユーがリーダーとなり、3人は食卓を囲んでAIをマスマーケットで商業化する方法のアイデアを出し合った。出そろったアイデアは全部で9つ。そこで、まず10年にゲーム会社「Plaxie(プラクシー)」を立ち上げた。プレイヤーがオフラインになると、AIがそのアバターを操作するという内容だった。しかし、3人はプラクシーの技術の収益化に苦戦した。「私たちは、簡単にはあきらめません」とリーは当時を振り返る。



そこで、今度はデジタルマーケティングに方向転換し、ビッグデータにAIを組み込むことで企業が顧客に対する理解を深められるようにした。大学卒業後、ユーが台湾に戻って12年にエイピアを創業。スーも共同創業者兼最高技術責任者(CTO)として加わり、ワシントン大学セントルイス校で免疫学の博士号を取得したばかりだったリーも参加した。開業資金として、それぞれが10万~15万ドルをこのベンチャー事業に投じた。リーは当初、人材採用を含め、「手当たり次第に何でも」担当していた。それまで手がけてきた研究はAIとは無関係だったが、両者の間に相乗効果を見出したという。リーは、「研究者としての経験から、打たれ強いところがある」と語る。

「仮説が間違っていても問題はありません。それも実験の一部ですから」

その後の7年間で調達した資金に後押しされ、エイピアはアジア以外にも進出。セコイア・キャピタル・インディアが14年にエイピアの最初の出資者となり、600万ドルを投資した。同ファンドにとっては初の台湾企業への投資だった。その後、複数の資金調達ラウンドを通じて、エイピアはジャフコやソフトバンク、UMCキャピタルから出資を受ける。日本で積極的に事業を拡大し、IPO(新規株式公開)を実施するまでに合計1億6200万ドルを調達している。

調達した資金は新製品の開発や人材への投資に振り向けられた。約570人いる従業員の5分の1近くは営業職だとユーは語り、彼らは6週間から6カ月かけて、企業のマーケティング予算の管理者をはじめとする顧客に製品を売り込む。

「話を進めるためには、そういったすべての意思決定者や関係者を満足させる必要があります」(ユー)


エイピアは今年、収益を38%増の175億円まで伸ばしたい考えだ。一方で、EBITDAは約1270%増の5億7500万円になると予測。米国でも需要の増大を想定しており、同国でのサーバーや在庫能力の準備にも投資している。米国はエイピアの収益の4%ほどしか占めていないが、直近の3四半期で、前四半期比50%の伸びを見せている。

昨年5月、エイピアは台湾の会話型AIチャットボットサービスの「BotBonnie(ボットボニー)」を非公開の金額で買収。それ以前にも、19年には日本のAIスタートアップ「エモーション・インテリジェンス」、その前年にはインドのコンテンツマーケティング会社「QGraph(Qグラフ)」を買収している。

とはいえ、ユーは、将来的なビジネスの原動力はM&A(合併・買収)ではなく、経験から学ぶという人間の脳の能力を模倣する新しいテクノロジーの活用だと考えており、「このテクノロジーを実現できれば、 AIは自力で進化できるようになるはず」と語る。

「いろいろなタスクを実行させるために大量のプログラミングをする必要がなくなるでしょう」

チハン・ユー/ウォンリン・リー◎エイピア共同創業者のチハン・ユーと、ウォンリン・リー夫妻。スタンフォード大学の修士課程で出会った2人は、ユーがCEO(最高経営責任者)、リーがCOO(最高執行責任者)として同社を率いている。元免疫学者のリーは昨年、フォーブス・アジアの影響力のあるビジネスウーマンのリストに初選出されたほか、「Women in IT Asia Awards2022」 のウーマン・オブ・ザ・イヤー)大賞を受賞している。

文=ラルフ・ジェニングズ 翻訳=木村理恵

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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