だが、花譜であることが「苦しい」と思うことよりも、花譜として存在することを「良かった」と思うことの方が断然多い。
「バーチャルの姿だからこそ、あまり人前に立つことが得意ではない私も、ライブで歌うことができるし、話をすることもできます。それに花譜は私の分身ではありますが、私ひとりのものではないんです。チームのみなさんがいてくれるから、安心して活動できているんだと思います。歌うことができて、それを誰かに聞いてもらえることが嬉しいので、バーチャルとかバーチャルでないということは、最初からあまり気にしていませんでした」
モチベーションはファンの存在
そんな花譜の一番のモチベーションは、ファンである“観測者”の存在だ。
自分が発したどんなに小さな言葉にも耳を傾けてくれる人がいてくれる。だからこそ、自分の思っているニュアンスが、相手にきちんと伝わるようにと考えながら話すようになった。
「3次元の花譜と本当の意味で触れ合うことはできないかもしれませんが、それでも画面上では同じ時間を過ごすことができます。とくにライブは、私の歌や話を聞いてくれて、いろいろな声をかけてくれる観測者の皆さんと、バーチャルとリアルの境目で待ち合わせをしているような感じがして嬉しくなるんです」
観測者から「歌ってくれてありがとう」と声をかけられることもある。そういう時は、「花譜の歌をいいと思ってくれる感性を持って聞いてくれてありがとう」と思う。
逆に、花譜の性格を褒められすぎて「本当の自分は違うのにな、ごめんね」と、罪悪感にみまわれることもある。リアルの自分は悲しみや怒りなどの感情を人には見せたくないと思う"メンドクサイ”性格だが、花譜になるとそういう感情も素直に吐き出せるのだという。
「私のそういう感情を受け止めてくれる人がいる。そう信じられるから、安心してリアルでは表に出せない思いや感情を置いておける。私にとって花譜はそういう存在でもあるんです。」
そんな花譜に影響を受けた言葉を聞いてみた。すると、学校の先生から言われた「ゴールまで最短距離で行こうとするな」だという。
「損得で最短距離を行くのではなく、一歩一歩丁寧に進めば豊かな時間が過ごせるし、もしゴールまで到達できなかったとしても得られるものがあるのかもしれない、ということに気付かせてくれた言葉なんです。おかげで花譜の活動も焦らずにやっていこうと思うことができました。無駄なことは一つもないと、何をしていても思えるんです」
「ずっと歌っていたい」
「私は自分自身のために、自分の思いや感情を歌に込めて活動しているだけなんです。だから誰かに影響を与えたいとか、誰かのためにとか、そういうことは考えていません」
自分が満足できるように歌をしっかりと歌いきる。その結果、誰かに何かが届いたら嬉しいというのが花譜のスタンスなのだ。「だからずっと歌っていたい」と言う。
彼女最近、いろいろな国の音楽を聴くようになり、いつかいろいろな国の言語で歌えるようになりたいと思っている。
「私が小学生の時、自分で初めて好きになったアーティストが鎖那さんなんです。どうしてこんな風に歌えるんだろうって感動して。小学生や中学生の時に自分の好きなアーティストがラジオに出演したり、ライブをしたりしているとすごくワクワクしました。今、花譜が誰かのそういう存在になれているのかもしれないと思うと本当に嬉しい気持ちになるんです」