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2022.09.15

世界でバズった米袋屋さんの意外な結末──編集長コラム


まるで家族のような結束といったらいいだろうか。そうするうちに、百貨店「阪急うめだ本店」でのイベントを提案する人が現れた。7月末から8月にかけて一週間、「こめぶくろの学校」が開催され、その中で『米袋で世界で一つのリュックを作ろう!』というワークショップが開催された。色とりどりのペンを使って、自分だけのリュックをデザインしようという催しである。

「シコーさんの社長ですよね?」。催事場で声をかけられた。クレームかと思って緊張していると、こう言われた。「娘がワークショップに参加しているのですが、実は私、シコーさんを担当させてもらっている者です」。取引業者だった。「はよ、言うて下さいよ」。思わず笑みがこぼれたが、取引業者だけではなく、ライバルのはずの同業者たちも現れた。

しかもクッキーなど手土産をもって応援にやってきたのだ。ただ、不安もあった。コロナ禍での来場者が少なかったことや外部デザイナーにサポートを依頼したこともあり、催事が終わってみると、赤字になっていた。「役員会で赤字を報告したら、何と言われるだろう」。バズって、いい気になるんじゃないよ! きつい嫌味を言われるかもしれない。

役員会当日。父親の代からいる番頭格の役員が開口一番こう言った。

「社長。ワシはこんなもんで黒字を狙ったからいうて、黒字になるなんて思うてませんよ」と赤字の報告に笑いだしたのだ。そして、それぞれが「ワシら、わからへんから、社長の好きにやりなはれ」とエールを送ったのだった。

白石さんは「アイデアを独り占めしたらいかんと思い、SNSでシェアしています」と言う。ツイッター投稿で、世界中の知恵をインプットして、メディアや催事でアウトプットして、同業者の共感まで得るという大きな循環を生んだ。循環の輪を広げたと言えるが、一連の話を聞き、私は白石さんに尋ねた。

「米袋を頭からかぶるなんて、よく思いつきましたね」

「うーん、子供の頃から王道では生きていけないと思っていたので、人と違ったことをせないかんと思っていました」

「なぜ?」

「兄貴は優秀なエリートですが、私は部活も勉強も頑張れなくて、ずっと兄から見下されてると思っていたんです」

兄弟はあまり口をきく関係ではないという。彼の人生は、兄へのコンプレックスによって人生観が形成されていたといっていい。しかし、世界中で彼のツイートが拡散していた時、その兄からメッセージが届いた。

〈お前、すごいな〉

見下されていたと思っていた兄から、「一目置いてもらった」と思えた瞬間だった。ツイートが地球上に広がって、それは意外にも自分自身の過去を見つめ直すこととなったのだ。今、彼はこう笑う。

「40歳になって、やっとコンプレックスから解放されました。50歳や60歳でこんなんやってたらイタいですもんね」

人間、一歩踏み出せば、予想もしない景色が人生の前に広がるものである。

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文=藤吉雅春

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