ひとまず、主張の是非はさておき、根拠のある主張をしていたのは自民党と公明党だった。自民党の岸田文雄総裁(首相)と公明党の山口那津男代表は、原潜保有による厖大なコストや原子力の平和利用を定めた原子力基本法などを根拠に、導入に慎重な姿勢を示した。この指摘は正しい。自衛隊関係者は「海上自衛隊の潜水艦は1隻500億円ぐらいだが、原潜なら2千億円から6千億円くらいかかる。数年ごとに炉心交換も必要になる。大がかりな陸上支援施設が必要になり、莫大な予算が必要になる」と語る。
政府は今月発表した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記した。目標額は示さなかったが、北大西洋条約機構(NATO)諸国なみに、国内総生産(GDP)比2%以上を目指すとみられる。今年度当初予算の防衛費は対GDP比で約1%に相当する5.4兆円。5年後に更に5兆円を積み増しても、その相当額を原潜に取られてしまう。
もちろん、自衛隊に余裕があれば、それでも構わない。だが、現実は厳しい。今月、南西諸島と朝鮮半島という2正面を受け持つ九州の陸上自衛隊西部方面隊を取材した。このうち、隊員の充足率が100%なのは、最前線と言える南西諸島に配備された部隊くらいで、充足率7割という部隊があちこちにあった。自衛隊OBは「部隊の3割が死傷すれば、戦闘力が落ち、撃破されたのと同じ状態になる。今の陸自は戦う前から撃破状態なんですよ」と指摘する。自衛隊の装備も人員も足りない状態では、岸田首相が「いきなり原潜に行くのはどうか」と語るのもよくわかる。そもそも、潜水艦基地がある横須賀や呉の市民が、「明日から原子力炉を備えた潜水艦が配備されます」と言われて、すぐに納得するだろうか。
では、「それでも原潜が必要だ」という論者の根拠はどうだったのか。国民民主党の玉木雄一郎代表は、豪州も原潜を導入することを引き合いに「最新の状況に合わせた新しい技術の導入は少なくとも検討はすべきだ」と語った。日本維新の会の松井一郎代表は「ウクライナのように攻め込まれれば、国民の命は守れない」と訴えた。