医薬品から化粧品へ
注目すべきは、マイクロニードルを医薬品ではなく、化粧品に応用したことだ。医薬品は薬事承認までに多くの年月を要するが、化粧品は比較的に短期間で市場に投入することができる。注射のように筒状の針から薬剤を送り込むのではなく、針自体を溶かして浸透させる方式を生み出せたのも、ヒアルロン酸が化粧品の領域でなじみ深い成分であることと無関係ではないだろう。
長さ0.2mmの微細な針が剣山のように並ぶ。貼り付けると先端部が溶け出して美容成分が浸透する。
ただ、販売を開始してすぐに受け入れられたわけではない。化粧品業界に衝撃を与え、美容雑誌にも紹介されて一時話題にはなったが、「半年くらいしたら、全然注文が入らなくなったんです」と権は当時を振り返る。「革新的な新しい技術でコンセプトもいい。でも、認知がまったくなかった」。
ただでさえ肌に直接触れる製品だ。コスメディ製薬は技術の専門家集団であっても、販売に関しては素人同然。試験で技術の安全性は十分に確認していたが、「未知の技術」に対する消費者の理解を得ることは簡単ではなかった。「営業先で実物を見せても、『何ですか、これは?』と言われることはしょっちゅう。数千回は説明をしてきましたよ。展示会に出展したり、セミナーを開いたり、書籍や学会、論文の発表に、特許の出願もたくさん。粘り強く市場に訴えてきました」。
地道な啓蒙活動がしばらく続き、転機は訪れる。11年に資生堂とのOEM供給契約を締結。大企業のもつ社会的信用と販路を借りることで販売は加速し、事業がようやく軌道に乗った。その後は自社ブランドを立ち上げてEC販売も開始し、マイクロニードルの魅力を丁寧に伝えることで、徐々にファンを増やしていった。
薬剤学の研究者として中国から京都薬科大学へ留学して四半世紀。マイクロニードル化粧品の市場を切り開いてきた権は昨年9月、共同創業者・神山の跡を継ぎ、2代目社長に就任した。「これまでは地道に歩いてきたけれど、今度は一歩踏み込んで階段を上る段階やね」と柔らかな京都弁で野心を隠さない。「24年までに売り上げ100億円に拡大し、IPO(新規株式公開)を実現したい」。
もうひとつ、大きな目標がある。大阪大学と共同で進めている、マイクロニードルを使ったインフルエンザワクチンの研究開発だ。すでに挑戦を始めてから10年以上。この「貼るワクチン」は23年中の臨床試験開始、28年の薬事承認を目指している。実現すれば、注射の痛みのない世界に、また一歩近づくことになる。
権 英淑◎コスメディ製薬代表取締役社長。中国・吉林省出身。延辺大学(旧延辺医学院)卒。1994年に来日。99年、京都薬科大学大学院で薬学博士を取得。2001年、コスメディ製薬を共同創業。21年9月より現職。
コスメディ製薬◎2001年5月に創業した京都薬科大学発の研究開発型ベンチャー。08年に世界で初めて溶解性マイクロニードルの製品化を実現した。同技術を使用したスキンケア化粧品をOEM展開するほか、「クニオス」「ファーサ」「リップショット」などの自社ブランドを手がける。