電通で広告営業に従事してきた安田裕美子(以下、安田)。クライアントの要望に見事に応え成果を出してきたが、30歳の節目を迎える目前で、限界を感じたという。「広告はひとつの手段なのです。その範囲内で企業のすべての課題が解決するわけではありません」
デジタルで時代の潮流が変わるとともに、果てしなく広がる企業の課題領域。ビジネスモデル自体が変わり始めていた。
「いまのままでよいのか。提案できる範囲が広がる戦略コンサルティングに転向するか、真剣に悩みました。しかし非連続な提案が難しいコンサルの原則や、大上段からだけのアプローチでは、自分の望むことはできないとも感じていました」
このままではいけない。電通を退職した理由
時代の変化に自在に対応し、もっとクライアントに寄り添う位置で、企業の課題解決を強く支えたいと、安田は考えていたという。
2016年の設立時に安田は、電通デジタルに創立メンバーとして出向し、顧客体験創造やマーケティングのデジタル変革に取り組んだ。そしてそこに、答えを見つけた。
「昨年、電通デジタルに5年半勤めたタイミングで、私は本来の電通の業務に戻るか、電通デジタルに残るかを決めることになりました。しかし自分が望んでいた目線で、コンサルタントやUXデザイナー、テクノロジストなど専門家たちが自在にコワークする、電通デジタルが推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)支援が、これから事業がサービス化していくなかでさらに求められていくと感じたのです」
安田は、電通の退職を決断した。そして自らでそのかたちをつくった、電通デジタルに入社した。
「広告は天才的なひとりのクリエイティブディレクターやプランナーの夢を、100人で実現していくビジネスモデル。電通デジタルが行うのは、デジタルの力でクライアントに伴走・共創し、総力を結集して企業の課題を解決するスタイル。その道はまだ、誰も正解を出していないフロンティアですが、私は挑んでみたかったのです」
日本企業はまだDXで本当の失敗を経験していない
電通デジタルでは、執行役員であり、ビジネストランスフォーメーション部門 部門長として、顧客を基点に、ビジネス×顧客体験×テクノロジーのかけ合わせで企業の変革を支援する、ビジネス全体を見渡す責務を担う。そこから見えてきたのは、企業のDXの状況だったという。
「効率化のためのDXは進んでいますが、社会や顧客が望む価値を提供していく、価値創造DXに関しては、まだ黎期だと感じています」
電通デジタルが行った調査では、8割の企業がDXに取り組んでいると答える一方で、4割が顧客の期待に応えられてないと感じている。その数字はあまりに大きすぎると安田は指摘する。
「マーケティング部門にツールを導入する。IT部門のデジタル導入で業務を効率化する。新規事業部門の数々のPoC。個別最適化されたDXでは新価値創造は難しい。失敗するほど、チャレンジしてないのです。これでは混迷の時代のユーザーの変化に、到底追いつくことはできません」
新型コロナウイルス感染拡大を機に、ビジネスは顧客に会えない/顧客が来ない/売れないという混迷の時代に突入した。多くの企業はそうした顧客に“ついていけていない”現状に、危機感を抱いているという。
「必要なのは変化した顧客の声・体験に基づく事業モデルの変革をデジタルを活用し行うこと。更新された顧客行動に合わせて、ビジネスそのものを新たに組み直すのです」
もちろん、既存事業を疎かにしてはいけない。それと同時に、自社のケイパビリティが生かせる新たな事業を生み出す「両輪のDX」が必要なのだという。
「従来のサービスと地続きに事業を展開することで、重要な資産である顧客基盤を生かした効果的なアプローチが可能になるのです」
電通デジタル 執行役員 ビジネストランスフォーメーション部門 部門長 安田裕美子
トランスフォーメーションディレクターが刷新するビジネスのあり方
では、電通デジタルの取り組みは、どのようにビジネスを刷新していくのだろうか。安田はパナソニックの新規事業「noiful(ノイフル)」を例に解説してくれた。
「これは賃貸物件オーナー様や不動産管理会社に、パナソニックの先進家電をサブスクリプションの形で提供するサービスです。
私たちは2年間にわたり、事業企画、マーケティング、DXに向けたアライアンス支援を行いながら、この事業の立ち上げを支援しました。その先頭に立ったのが、すべての変革を領域横断で目を配るトランスフォーメーションディレクター(以下、TD)です」
「ほかにもサービスデザイン、データ利活用、プライバシーポリシー、開発など、事業推進にはあらゆる知識が求められます。さらに顧客体験設計、ローンチのための広告や販促など、フェーズによっても必要な知識は変わります。
それらの専門メンバーによるチームを統括し、統合した戦略や企画を立てながらクライアントと議論を重ねプロジェクトを推進していくのが、TDの役割です」
ビジネスとして必要なものは何か、新たな顧客体験価値は提供できるか。総合的な視点でパナソニックの事業化をサポートしたという。
あるいは別のケースもある。低アルコール製品「アサヒ ビアリー」を展開するアサヒビールとは、合弁会社設立という選択をした。
「飲めない、飲まない、酔いたくないけれど、楽しい気分は味わいたいという人たちも含め、お酒に対する多様な向き合い方や新たなライフスタイルを提案する事業であり、新たな市場開拓が命題でした。電通デジタルとして全社的にデジタルマーケティングに取り組むために、より踏み込んで事業にコミットする選択に至りました」
電通デジタルとは何者か?
「ここまで絵を描いたが、ここからどうしていいかわからない」そうした相談をクライアントから受けることが多いという安田。最後に自分たちのアイデンティティをこう説明してくれた。
「まだかたちになっていない構想を、クリエイティビティとテクノロジーの力でかたちにしていく。そして絵を描くだけでなく、その先の開発、上市からグロースまでをトータルに支援する。これからの企業がモノ売りからサービス売りになっていくなかで必要な、DXの正解がここにあるのです」
電通デジタルは未完の絵画を、顧客が期待する「企業のあるべき姿」として完成に導く。企業が未来に持続するために、いま彼らが必要だ。
電通デジタル
https://www.dentsudigital.co.jp
安田裕美子(やすた・ゆみこ)◎電通にてビジネスプロデュース、CRMプロジェクトなどを推進後、2016年に電通デジタル設立に参画。
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