治験が行われたのは、患者の体内から免疫細胞を取り出し、遺伝子操作でがんへの攻撃力を高めて再び体内に戻す「CAR-T細胞療法」に、がん細胞の表面にあるタンパク質を認識して反応するよう免疫系を訓練するmRNAワクチン「CARVac」を組み合わせた新治療法。データからは、CARVacによってCAR-T細胞療法の効果が増幅し、遺伝子操作した細胞が腫瘍内に入り込んでがん細胞を攻撃できるようになることが示唆された。
CAR-T細胞療法は、造血組織の異常による血液がんの治療法としてはすでに承認されているが、臓器などにがん細胞が集まってできる固形がんに対してはあまり有望視されてこなかった。
ビオンテックの共同創業者で最高医療責任者のエズレム・テュレジ博士は今回の結果について、「進行した精巣がんなど、ほかの方法では予後不良で治療困難な固形がん」との戦いでは、がん細胞上のマーカーを標的にするのが良い戦略だという当社の仮定を支持するものだと説明。暫定データからは、CAR-T細胞療法は血液がんと同様に固形がんでも成功する可能性があることが示唆されたとの見解を示している。
今回の治験を主導したオランダがん研究所(NKI)のジョン・ハーネン博士は、10日に開かれた米国がん学会(AACR)の年次会合でデータを発表し、治験に参加したさまざまながんの患者16人では、副作用の程度など薬にどれだけ耐えられるかを表す忍容性も良好だったと明らかにした。
うち14人について有効性の評価を行うことができ、6人で腫瘍が縮小する「部分奏功」がみられたという。ハーネンは、治験結果は期待がもて一部は「めざましい」ものだったとする一方、まだ初期段階のデータである点には注意を促している。
実際、この治療法が有効なのか、有効だとすればどの程度有効なのかを適切に評価するにはデータが不十分だ。今後、より大規模で長期にわたる治験で、安全性に関する問題や副作用が見つかる可能性もある。今回の治験で実際にCARVacを投与された患者は、全体の約3分の1の5人にとどまっており、CARVacがCAR-T細胞療法の効果を高めることを実証するにはさらにデータが必要になる。
ビオンテックや同じくドイツのキュアバック、米モデルナといったmRNA技術の新興企業は、新型コロナワクチンで一躍有名になったが、もともとはこの技術をがんの治療に生かすことをめざしていた。ビオンテックを含めて、こうした企業の多くは、新型コロナ以外の感染症のワクチン開発に加え、かなりの規模のがん関連プロジェクトにも引き続き取り組んでいる。
がんのワクチンは、がん細胞にしか存在しない特異なマーカーを手がかりに、がん細胞を認識して破壊するように体を訓練する。理論的には、ワクチンは免疫系を利用することでがんの治療と予防の両方が可能だが、現在行われているのは、がんを引き起こすHPV(ヒトパピローマウイルス)やB型肝炎ウイルスなどの予防接種に限られている。