「効率」とは無縁だった老舗旅館
ITについては、中小企業が高価なシステムを導入するのは現実的ではないため、タブレット(iPad)とLINEを活用。フロントと各階の客室担当との連携をスムーズにするため、各階にスタッフ向けのiPadを設置。LINEを使ってリアルタイムにチェックアウトや配膳に関する連絡ができるようにした。
「これまではお客さまがチェックアウトをされる際、フロントと各階の客室担当が内線電話を使って連絡を取り合っていました。連絡が取れなければ各担当がフロントまで直接足を運んで確認することもあったんです」
これが、iPadを使うことで大幅に効率化した。費用は数台のiPad代のみである。まさに「中小企業の実情に即したIT化」だろう。
それまでは制度自体がなかった人事評価については、人事考課制度を導入した。考課は5段階評価で、従業員本人と上司の意見を踏まえて社長と小野さんが評価する仕組みだ。
また、従業員の業務スキルを図表化することで、各々が持つスキルを可視化。「この人はこのスキルがあるから、あの仕事を手伝ってもらえる」と分かるようになると、繁忙期に部署を横断して助け合うことができるようになり、全体の労働時間の削減にも成功した。
こうした大改革の結果、2017年には、首相官邸で開かれた政府の「生産性向上国民運動推進協議会」で成功事例として紹介されるに至った。
若女将の経験がPRに活きた
これをきっかけに、小野さんにいくつかのビジネス誌から取材の依頼が舞い込むようになる。そこで、「メディアの力」の大きさとPRの重要性に気づいた。
初めに広報効果を感じたのは、採用面だという。
「当時はインバウンドの追い風もあり、宿泊客は多く売上規模は約3億円と好調でした。ただ、それに対応するスタッフの採用がなかなかうまくいかなかった。アルバイトも、時給を上げてもまったく応募がないという状態が続いていました」
しかし、メディア露出が増えたことで全国から応募が集まるようになり、長年の課題だった採用難を解消することができた。
その後、小野さんは本格的にPRに取り組むようになる。PRは初心者だが、旅館の「若女将」として多くの顧客と向き合ってきた経験がある。そのため、「若女将流」のユニークな手法でメディアとの関係構築を行った。
例えば、取材で知り合った記者には、メールなどで定期的に自分たちの取り組みを伝える。それも、気配りの行き届いた丁寧な「手紙」として。
「記者の方々はとにかく忙しくされています。ですからメールは冒頭に要点を記すようにしています。それだけではなく、スクロールさせなくても、内容が全部わかるように書いています」
メールに添付するプレスリリースも、「広報のプロ」が書くような「フォーマット通りのプレスリリース」ではない。企画者の想いが伝わるような、手づくり感あふれるものとなっている。
立命館大学とのコラボプロジェクトに関するリリース。このリリースからテレビ2社、新聞1社が取材に訪れた。
さらに、取材に来た記者に「綿善旅館を楽しんでもらう」ことを心がけているという。料理の取材ではないときでも料理を試食してもらう、帰ってからも思い出してもらえるよう粗品を渡す、といった気配りを欠かさない。
こうした努力の積み重ねもあって、狙い通り多くのメディアに取り上げられるようになった。
さらに、全国の商工会議所、経営者団体、大学などから講演依頼が舞い込むようにもなり、年間数十件のペースで講演をして回るようにもなった。