そんな「逆風」のなかで、2000年代には2億円台まで低迷していた売上を、7年で6倍の12億円超にまで増やした酒蔵がある。しかも、その勢いはコロナ禍でも止まらず、2020年度も利益は倍増した。
その酒蔵の名は、渡辺酒造店(岐阜県飛騨市)。風情ある古い町屋が連なる飛騨高山で創業し、150年を超える老舗だ。世界各国のコンクールで入賞したり、ANAのビジネスクラスで採用されたりするほどの高品質の日本酒をつくり続けている。
急成長を支えたのは「PR」の力
近年の急成長を支える原動力、それは「伝える力(=PR力)」だ。
同社は2006年から広報担当者を置き、月1本以上のペースで、プレスリリースを出している。こうした活動の甲斐もあって、ニュース番組からバラエティ番組まで、数多くのテレビ番組に出演を果たしている。
こうしたメディア露出の効果もあり、広報が運営するTwitter(@sake_hourai)のフォロワー数は8万4000を超える。日々広報が発信する“つぶやき”はもちろん、キャンペーンや新商品情報を目当てにフォロワーが増えた。最近では職人たちが酒造りの様子を紹介する「#蓬莱蔵人日誌」も人気だ。
「『良いものをつくれば、自然と売れていく』などという時代は、とうに終わりました。良いものをつくるのは、もはや当たり前なのです。良いものをつくった上で、さらに『伝える』ことが大事になってきます」(渡邉久憲社長)
PRで最も重要なのは、そもそも「何を伝えるのか」。PRは、伝えるべき「軸」を確立するところから始まる。
渡辺酒造店のPRの軸。それは「Sake is entertainment」だ。酒をいかに楽しんでもらうかに力を注いでいる。その軸に行き着いたのは、渡邉社長が現在の日本酒を取り巻く状況に、強い問題意識を抱いていたからだ。
「今、日本酒は二極化されています。一方は大量生産された、安価だけれど美味しくはない、工業製品のような日本酒。もう一方は、大吟醸に象徴される、美味しいけれど、普段飲むには躊躇してしまうほどの高級品です。日常の生活のなかで気楽に美味しく楽しめるのが日本酒本来の姿ではないか」
「日本酒に関わる、すべての体験を楽しんでもらいたい」。その想いが、同社のPRの原動力となっている。
渡辺酒造店の渡邉久憲社長
この考えを最も象徴的に表しているのは、企画性の高い商品とその商品名だ。そのひとつが「蔵元の隠し酒」。新聞紙を1枚巻いて光を遮断するなど、本来は品評会に出品する商品のための最高の貯蔵管理方法で蔵出しをした商品だ。
また、門外不出の秘蔵原酒「非売品の酒」は、蔵を訪れる来賓用に特別にリザーブされている秘密の逸品で、通常店頭に並ぶことのない商品。「無修正の酒」は、一般的な日本酒のように原酒を炭素ろ過や加水によって画一的な味に仕上げるのではなく、米の旨みを凝縮させストレートに表現している。
一風変わった名称ばかりだが、これが注目されるきっかけにもなり、いずれもヒット商品となった。