こうしたなか、自分は宇宙旅行をするのに適しているか、自分の体は宇宙の厳しい条件に耐えられるのか疑問に思う人もいるだろう。実際、宇宙空間では、低重力環境への移行や太陽放射線の被ばくなどによって、人体はさまざまな影響を受ける。そのため、60年前に有人宇宙飛行が始まってから、科学界は莫大なリソースを投じて、宇宙飛行中に人体に起きることを研究してきた。
最近、ネイチャー誌に掲載された報告でも、宇宙飛行中に筋肉量や筋力がどんな影響を受けるかを調べた研究が紹介されている。筑波大学などによるこの共同研究では、国際宇宙ステーション(ISS)で35日間、人工重力環境(1g)と微小重力環境(μg)にそれぞれ置いたマウスのグループを使って、1gの人工重力をかけると分子レベルで筋萎縮は防がれるのかなどを調べた。
結果は驚くべきものだった。実験結果からは、人工重力環境は微小重力下でのヒラメ筋の筋肉量や筋繊維タイプの組成の変化だけでなく、遺伝子発現の変化も防ぐことが示された。とくに、トランスクリプトーム解析では、人工重力環境は萎縮にかかわる一部遺伝子の変化を防ぐ可能性があることも示唆された。
これらの研究成果は、米航空宇宙局(NASA)の知見とも一致するものだ。NASAのファクトシートではこう説明されている。
「(宇宙では)重力がはたらかないため、宇宙船内の活動では身体に負荷がかかりません。地球上では、重力に逆らって身体を支えるために、つねに特定の筋肉を使わなければなりません。これらの筋肉は一般に抗重力筋と呼ばれ、ふくらはぎの筋肉、大腿四頭筋、背中や首の筋肉などが含まれます。宇宙飛行士は無重力環境で活動するので、身体を支えたり動かしたりするのに筋肉を収縮させる必要はほとんどありません」
同じファクトシートには「5〜11日間の宇宙飛行で、宇宙飛行士の筋肉量は最大で20%減少する」という衝撃的な研究結果も紹介されている。こうした筋萎縮に対処するため、ISSに滞在する宇宙飛行士は1日2時間半の運動を行っているという。
有人宇宙飛行では、筋肉への影響以外にも考慮すべきことがある。NASAは一つめの危険要因として宇宙放射線の被ばくを挙げていて、「がんのリスクを高め、中枢神経系にダメージを与え、認知機能を変化させ、運動機能を低下させ、行動の変化を引き起こす」としている。このほか「隔離」や「過酷で閉鎖的な環境」も危険要因に含めており、宇宙飛行は身体的な負担に加え精神や行動の健康にも大きな影響を与えると強調している。
宇宙飛行が人体に及ぼす影響については、解明すべき複雑な問題がまだ多く残されており、今後の研究が待たれる。新たな「宇宙競争」がますます激しくなり、宇宙旅行への関心がさらに高まるなか、人類がこの新しいフロンティアの開拓にともなう課題や経験にどう直面するかも、おのずと明らかになってくるだろう。