キャリア・教育

2015.05.12 08:00

ウォルト・ディズニー・ジャパン社長が語る 無敵のチーム力「80:20の法則」




“アナ雪”旋風に、TSUM TSUMブーム……。
ウォルト・ディズニー・ジャパンの快進撃が止まらない。
米国本社からの押しつけなど一切ない、完全オリジナルな戦略。
なぜ、こんなにも強いのか。無敵のチーム力に迫る。


ウォルト・ディズニー・ジャパンの社長ポール・キャンドランドは、1990年代に日本で働き始めた頃、同僚たちの不思議なやり取りを目にした。「すみませんが、お先に失礼します」仕事が終わって帰るだけなのに、なぜ謝るのだろう。個人主義的な考えの米国では、想像できない。
でも、同時にこうも思った。これはポジティブな面として捉えるべきだ、と。「日本人は、『人に迷惑をかけたくない』という思いが強いんです。他の人の足を引っ張りたくない、リスペクトしたい。言い換えれば、チームで勝ちたい、ということ。じつは、日本人はチームワークがとても得意なんですよ」

そんなキャンドランドが2007年、ウォルト・ディズニー・ジャパンの社長に就任したとき、最初に着手したのは社内のストラクチャーの改革だった。それまでの社内は、一言で言ってしまえば「縦割り」。映画部門、グッズ部門、テレビ部門が完全に分かれ、横のつながりもほとんどなし。日本法人に限った話ではないが、各部門が直接米国本社にレポートを出しているような状態だった。
同じ会社にもかかわらず、名刺交換もしていた。そして「うちはですね……」と会話を始める。「『うちは』って言っても、みな同じ『うち』ですからね。とても変な感じだったんです」
とはいえ、ある日突然、社員の考えをシフトさせるのは容易なことではない。
キャンドランドは「ワン・カンパニー、ワン・ビジョン」というシンプルなメッセージをひたすら言い続けてみた。というのも彼には、以前勤めていた会社で再建案を絞り切れず、「失敗した」という経験があったから。15ものポイントを挙げたが、正直、誰もついてこなかった。なので、今回は思い切って具体案を3つに絞ってみた。
言い続けてみると、最初はピンときていなかった社員たちにこの言葉が浸透していくのがわかった。「大切なのは、コンシステントメッセージだったのです」

「トライ&エラー」を繰り返して

それから6年ほど経った13年、キャンドランドが「一番の成果が出た」という大ヒット商品が生まれた。今や“ 世界進出” も果たした「TSUM TSUM(ツム・ツム)」だ。
TSUM TSUMとは、小さいもので手のひらサイズの“積めるぬいぐるみ”。ぬいぐるみという単語から連想するのは、たいていの場合「縦置き」だが、TSUM TSUMはうつぶせスタイル(下写真参照)。底面はスクリーンクリーナーとなる。
この商品は、同社が07年から掲げる「大人ディズニー戦略」のターゲット、YAF(ヤング・アダルト&フィーメル)に見事にはまった。
ぬいぐるみは発売から1年3カ月で世界累計販売個数が500万個を超えた。発売から3カ月後に登場したスマホゲーム「LINE: ディズニー ツムツム」は世界累計で4,000万ダウンロードされている。「TSUM TSUMを初めて見たとき、びっくりして大喜びしました。ディズニーは誕生して90年になるのに、なぜ今まで誰も作らなかったのだろう。そう思えるアイデアが、一番よいアイデアなんです」
TSUM TSUMが世に出る1年ほど前のこと。「YAF層は一人暮らしが多いから、大きいぬいぐるみは、たくさんは置けないよね」「寝室ではなく、オフィスに置いてもいいよね」
ディズニーストアの商品開発を行う野北まどかは、スタッフたちとこんな会話を交わしていた。
国内の店舗に置かれている商品の約8割が日本オリジナル。店内のレイアウト、そして約40の棚をすべて把握し、年間約4000ものアイテムを世に送り出す。3カ月で約3分の2の商品が入れ替わる、なかなかシビアな世界だ。野北は言う。「YAFを狙う以上、ファッションと同じように、シーズンごとの展開を考えなければ。移り気な彼女たちについていこうという姿勢でなければ、売り上げは上がり続けない」
じつは、TSUM TSUMが生まれる前、起き上がりこぶし風のぬいぐるみが商品化されていた。大きさもちょうど同じくらい。商品は「そこそこ売れた」が、爆発的なヒットには繋がらなかった。「でも、このぬいぐるみがあったからこそTSUMTSUMが生まれた」と野北は振り返る。「インパクトがなかったのかな、では次はどうしようか。そんな会話から進化していったのです」
TSUM TSUMの場合、進化とは「積めること」と、クリーナーという機能性を指す。
コレクション性は欲しいけれど、横に並べるのは邪魔かもしれない―。そこから「積む」という発想が生まれた。そして、積むことに重きを置いてみたら横向きというアイデアに辿りついた。
「まさに“コロンブスの卵”なんですよ。でも、TSUM TSUMに限らず、こういったことが商品開発の至るところで起こっている」
「可愛い!」「いいじゃない!」と盛り上がったスタッフたちは「ゲーム部門にも話してみよう!」と次のステップに行動を移す。大真面目な相談というよりは、軽いノリで。部門の垣根が高すぎたら、勢いで別のチームに飛び込むことなんてできない。でも、キャンドランドが横の繋がりを押し進めてきたから、野北らは躊躇なく他部門の扉を叩くことができた。「ワン・カンパニー、ワン・ビジョン」というメッセージが、知らぬ間に体に染み込んでいたのかもしれない。
インタラクティブチームの代表は、「できそうな気がする」と即答。そこから快進撃が始まる。
一人ひとりが専門性を持ちつつも、同じ目標に向かい全力で突き進むようになっていた。

「効果が出やすいところに集中する」


「大切なのは、トライ&エラー」と野北は言う。3カ月に1,000の新しいアイデアを生まなければいけない現場だからこそ、エラーを否定するのではなく、みなでアイデアを育てていく。
商品開発の企画会議は2週間に1度、丸2日かけて行う。マネジメント層は、会議室に缶詰め状態でフィードバックに力を注ぐ。アイデアを戻して、再び出してもらってというやり取りを3〜4回繰り返して初めて、商品化への一歩が見えてくる。じつは、この1度や2度では終わらないフィードバックこそが、ヒットを生み出す重要なポイントとなる。「フィードバックの仕方一つで、信頼関係が築けるか否かが決まる」と野北は言う。「なぜダメか」をきちんと伝えることで、よく理由がわからないまま却下された、という状態を避ける。個人否定にならないよう、「仕事」と「個人」の話はきっちりと分ける。結果、本気で練られたアイデアだけが、より進化した形で出されるのだ。
作り手の独りよがりにならないよう、全国のディズニーストア店舗の店長を集め、意見をもらう場も年2回ほど設けている。常に客と接している店長の鋭い嗅覚で、新商品にコメントして貰うのだ。
02年にはグローバルな戦略に基づき東京ディズニーランドを運営する「オリエンタルランド」にディズニーストア部門を売却したが、10年に再びディズニーのチームとして迎え入れて以来、この「アイデアは現場から」というスタンスを貫く。
同社では今、2週間に1度、“TSUM TSUM会議”も開かれている。「効率的に働くには、80%の成果を残せる20%の仕事に重点を置く」という“80:20の法則”に乗っ取って練られた戦略だ。「とにかくインパクトになることに集中する」と、キャンドランド。「組織の力を、効果が出やすいところに集中して使うのです。それが、今で言えばTSUM TSUMなんです」

たとえば、『アナと雪の女王』の公開時にスマホゲームに、曲つきの“限定ツム”を登場させた。著作権の問題もあり、楽曲を使用するのは簡単なことではないが、全力で実現にこぎ着けた。客の「欲しい」という気持ちが盛り上がるタイミングに、組織の力を集中させる。結果的に客の喜びは倍増し、利益にも直結する。キャンドランドはこの“80:20の法則”を店舗運営にも取り入れてきた。つまり、売り上げに伸び悩んでいる店舗は閉め、売り上げが好調の店舗に集中する。同社は、従業員を増員していないにもかかわらず、7年連続で2桁成長を実現している。

(中略)

「I love this company!」

キャンドランドは7年前から、月1回ほど会議室に10人ほど社員を呼び、サンドイッチランチを行っている。経営陣抜きの、完全オフレコ。そこでは、キャンドランド個人への質問から、会社の方向性や戦略に対しての意見までが飛び交う。
今回取材した、ディズニーストア舞浜店の店長は「ポールさんが店にいらしたときは、『○○さん』と、必ず名前で呼んでくれる」と明かしてくれた。「自由にモノが言える社風なのは間違いがないですね。近くにロールモデルがいるから、私も学ばなければといつも思います」とシェイクスピア。
こんなエピソードがある。
ウォルト・ディズニー・カンパニーの現CEO、ロバート・アイガーが13年秋に来日したときのこと。キャンドランド、シェイクスピアを含む、各部門のトップ約10人が緊張の面持ちで、会議室でアイガーの登場を待っていた。
その日は、TSUM TSUMのアイデアを初めてアイガーにプレゼンする日。「怖い人ではない」けれど、緊張するなというのも無理なシチュエーション。「TSUM TSUMというアイテムを出そうと思います。ゲームにもなるんです」―そうキャンドランドが口にしたとき、アイガーが、突然ドン!と机を叩いた。「本当に嬉しい!こんなにクリエイティビティの高いものを考えてくれて。この会社が大好きだ! I love this company!」

経営者という肩書など取っ払った、無邪気な一言だった。

古谷ゆう子 = 文 西村裕介 = 写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.11 2015年6月号(2015/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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