ライフスタイル

2021.04.04 18:00

価値のある場の提供を。究極のサステナブル、和蝋燭の世界

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第6回。


2019年にスタートした紀行ドキュメンタリー『倉本聰×小山薫堂 妄想ふたり旅』が、20年の年末も放送される。旅先での出会いや発見からふたりで“オリジナル妄想ストーリー”を創作するという番組で、前回は長崎、今回は京都を回った。倉本さんが幼少期に暮らしていた宮川町の家や通った銭湯は残念ながらすでになかったが、「銭湯に行くと白塗りの女性たちの太腿が目の前にずらり並んでいて、パルテノン神殿に連れてこられたようだった」という素敵な思い出話を伺えた。

このロケで個人的に印象深かったのが、祇園の「松八重」という老舗のお茶屋さんで拝見した芸舞まい妓この舞だ。倉本さんに 教わって初めて知ったのだが、芸舞妓の白塗りの化粧は、和蝋ろう燭そくのぼんやりとした灯りの中で最も美しく映え、表情の陰影を伝える工夫だったのだという。そこでせっかくだからと和蝋燭を6本立てて撮影することに。日の光や現代の照明の下では異質に見えていた白塗りがこんなに美しく艶やかなのか、と思わず感嘆した。

和蝋燭のほうにも秘密がある。風がなくとも炎がゆらゆらと大きく幽遠に揺らぐのは、内部が空洞で空気が蝋燭の中を流れるから。原料は純植物性で、油煙が少なく煤すすが出にくいし、液だれもほとんどない。唯一の手間が「芯切り」という作業だ。炭化した芯を残したまま燃え進むと炎がかなり大きくなるので、1〜2時間おきに鋏はさみで長さを調節する必要がある。

番組では1887(明治20)年創業の「中村ローソク」四代目、和蝋燭職人の田川広一さんが後方に控え、ころ合いを見計らってはサササと現れて芯を切っていた。昔は仲居さんが切ったり客が切ったりで、芯切りのうまい客は粋だと言われたらしい。

また、中村ローソクでは「使用済み蝋燭の買い取り回収」も行っているという。お寺などで使用される和蝋燭は1回の行事で使い切ることが稀まれで、次の行事では新しい蝋燭をおろす。そこで自社製の蝋燭の残りを買い戻して再利用してきたのだとか。買い取りゆえに、使う側も使用した分の蝋燭代で済むわけで、究極のサステナブルと言えるのではないだろうか。

明治以降、単価の安い洋蝋燭や電気の普及に伴い生産数が減少した和蝋燭だが、いま一度、室町時代から伝わる手仕事の魅力を感じていただける機会をつくりたい──。僕は、燭台を2つと和蝋燭を20本購入した。

まずは経営する京都の料亭「下鴨茶寮」で、「和蝋燭で食べるディナー」を提案しようと思う(blankでもいつかぜひ)。それは現代の灯りの下で食べるディナーとは違う価値を生み出すし、お客様が「日本の文化についてあらためて学んでみようか」と思うきっかけになるかもしれない。そのとき初めて、下鴨茶寮が価値ある場を提供したことになるのだ。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.078 2021年2月号(2020/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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