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Photo by Eddy Billard on Unsplash

私の最初の携帯電話はノキア3210で、「Snake(スネーク)」というゲームがついていた。私は12歳だった。

そのゲームの目的は、画面上で動いている四角を誘導して物体を拾い、ポイントを得ることだった。物体を拾うごとにそれが後ろに加わり、スネーク(ヘビ)に似た見た目になった。

人々はスネークに夢中になり、このゲームは学校中で関心の的となった。学校の送迎バスでは、列になって座った子どもの誰もがこのゲームにくぎ付けになっていた。休憩時間には、スネークをするゾンビのような人たちが教室に座り、友達を追い抜くためにスポーツや外の世界を犠牲にしてゲームに興じていた。

その20年後、私たちはまだ全員がスネークをするゾンビのままだ。私たちはスネークを、キャンディークラッシュやアングリーバード、ユーチューブやソーシャルメディア、意味のない知識、ワッツアップでの終わりのない世間話で置き換えただけだ。意義のある交流は無価値の海の中に失われ、生じている代償は時間だけではない。

カナダ人作家のロビン・シャーマは、ベストセラー作『5AM Club(午前5時クラブ)』で「携帯電話は莫大な金を無駄にしている。携帯電話で1日中遊んでいればだ」と述べている。

ジョージタウン大学のカル・ニューポート准教授(コンピュータ科学)は近々、『A World Without Email(電子メールのない世界)』という書籍を発表することになっている。世界のソートリーダー(思想的指導者)らは、人々の集中を奪うさまざまな要素と闘っているが、その意見は一貫している。それは、私たちは低水準のものに気を取られ、仕事や人間の潜在能力の多くが無駄にされているということだ。

問題は?


何か重要なことを書いているときに近くで携帯電話が鳴れば、そちらに気を取られてしまう。差し迫った問題をどのように解決するかについて考えているときに一瞬インスタグラムをスクロールすれば、解決策は大したことがないものになる。チームの試合の後に必ず数時間にもわたる解説を読んでいては、キャリアを自分で制御しているというよりも誰かの手先になっているようなものだ。

あなたが持つ大胆な目標が勝手にかなえられることはない。携帯電話を確認し、誘惑に負けるたびにゴールはさらに遠のく。ゴールは一体、どれほど先延ばしすることができるのだろう?

翻訳・編集=出田静

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