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写真奥「追悼記念の窓」。より開けた西ドイツに自由を求めて、壁を乗り越えようとした者の中には射殺された人たちが少なくとも138人はいたという
本来ならば、ここは名所の1つとして観光客が絶え間なく訪れるのであるが、コロナが世界を襲ってからはより近所の人、あるいはベルリンに住んでいる人たちのための場所になったように思えた。毎日の散歩道やランニングコースとしても利用できるこの広場は、平和な日常がなだらかに進んで見える。
たとえ現在コロナ禍のロックダウン下にあってしても、この通りの穏やかでゆったりとした時間の流れ方そして街の雰囲気は変わらない。
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1km以上に渡り遊歩道ができている
11月9日当日壁の周りを散歩すると、そこにはただいつも通りの日色が広がっていた。親子連れにカップル。散歩をする老夫婦。ランニングコースとして利用する人。中礼拝堂のそばでサッカーをする人の姿もあった。
やや肩すかしを食らった気持ちにもなったが、これがごくごく当たり前の日常なのだ。分断の歴史を伝える建物の目の前で、市民の手によって壁を壊した日も特に変わらず日常を過ごす人々の営みが行われいている。この「当たり前」が31年前まで訪れなかったと思うと、とても不思議な気持ちになる。
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夏、つかの間の日の長い時間帯にくつろぐ女性。無数のポールは壁があった場所に建てられている。建物にスクリーンされた特大写真は、ベルリンの壁建設後の1961年8月15日、ルッピナー通り(Ruppiner Straße)の遮断を飛び越える国境警察官を収めたもの
夜になって改めて壁沿い(跡地)を歩く。すると、バラを一輪持った人たちがすっと壁の裏側に入っていくではないか。何も言わずバラの花を壁の隙間に献花した人たちは長い時間滞在することなく、すっとまた日常に戻っていった。
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献花されたバラの花
コロナロックダウンの状況の最中、移民にもかかわらず、ビザを持っていることで滞在の自由を享受できている私にとっては、こののんびりとした時間を手に入れるために、市民が手を取り、崩壊に向けて動き出したという奇跡みたいな歴史的背景にを思いを馳せることしかできない。そして「見えない壁」が私たちの移動を制限するなかでも、穏やかな時間が続いていることにせめてもの救いと慰めを見出してみることにした。
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腐食が進んだ壁の断面。鉄筋がむき出しになっている
当初11月末日までの見込みでスタートしたロックダウンライト。患者数が減らない現在の状況を顧みて、現在と同程度の制限が来年1月10日まで延長される決定がなされた。現在、美術館や映画館などは営業に制限がかかっている。
そしてレストラン・バーはテイクアウトのみ。屋内では5人以上の集会が禁じられている。零度以下の日もある寒さの厳しい長い冬、そして娯楽が制限された状況でベルリン市民はどう対応していくのだろうか。引き続き、街の様子を追ってみることにしたい。
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モニュメントの中で佇む少年
冨手公嘉◎1988 年埼玉県生まれ。神田外語大学卒業後、複数の制作会社を経て、2015 年よりフリーで企画/編集/文筆業を開始。また、個人でthe futre magazineというプロジェクトを立ち上げて活動中。2020 年2月よりベルリン在住。