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メディアとエンターテイメント担当

2015年3月19日オースティンで開催されたSXSWに(写真右)マイリー・サイラスと出席した、プロデューサーの(写真左)マイク・ウィル・メイド・イット (Photo by Roger Kisby/Getty Images)



「キャッシュプリンス」と呼ばれるヒップホップ業界の若手億万長者たちは契約の交渉や、自身のレーベル運営に関し、どんなポリシーや成功哲学を持っているのだろうか。カニエ・ウェストなど、多数の有名アーティストを手がける音楽プロデューサー、マイク・ウィル・メイド・イットは「自分より多くの経験を積んでいるヤツがいたら、そいつの話す言葉は次元が違う。踏んでいる場数が違うんだからな」と語る。

マイクのメンター的存在である、インスタースコープ・レコードの元社長、ジミー・アイオヴィンは彼に「仕事をヒップホップに限定せず、ポップミュージックのプロデューサーになるべきだ」と忠告したという。

まだ20代の彼らには、経験すべきことがたくさんある。ここでは彼らが最も辛かった経験について尋ね、音楽業界で成功するための秘訣を聞いた。

1. 契約書をしっかり確認しろ
「自分の本名と必要事項が契約書にちゃんと書かれているか、必ず確認すること」とグラミー賞受賞者でプロデューサーのヒット・ボーイは言う。ジェイ・Zやカニエ・ウェスト、などのプラチナヒットを手がけた彼は「支払い対象を明確にするんだ。インスピレーションを形にして曲を作るのは自分だが、仕事の成果はみんなと分かち合う必要がある」と語る。

プロデューサーは通常、1曲につき売上の3~4パーセント(1曲につき約5セント)と、1コピーにつき0.091ドルの半分の印税を受け取る。制作に複数の人数が関わる場合は、著作権の配分や対価を明確に規定することが、人間関係を良好に維持するために必須だ。

2. 契約締結には、作品と同じくらい細心の注意を払え
「よりよい音楽を作ろうとやってきたら、ビジネスがそれについてきた」と、ヒット・ボーイは言うが、業界の仕組みをきっちり把握することも重要だという。
「契約の交渉は弁護士やマネージャーが手伝ってくれるが、アーティストも何がどうなっているかを知るのは重要なことだ。できる限りいろいろなことを学ぶべきだ」と彼は言う。

3. レーベルはいつも味方とは限らない
かつて、カニエ・ウェストのグッド・ミュージックと2年間のプロダクション契約を結んだヒット・ボーイによると「収益化する方法はいくらでもある。レーベルのクレイジーなヘルプは必要ないことも多い」とのこと。

インディのラッパー、ニプシー・ハッスルは、レーベルの手を借りず、自身のミックステープを1枚100ドルで1,000枚限定で販売するといった、マーケティング戦略を展開してきた。
「今どきのアーティストは、レーベルに所属する前にファンを獲得していることが多い。大手レーベルはアーティストを会社の資産の一部にしようとするが、どうやってそこから逃れるか、考えることも重要だ」

4.ラジオのプロモーションは重要ではない
「J. コールは2014年のヒップホップ部門で、アルバムの初週売り上げナンバーワンを記録したが、ラジオでは一切流していない。ビヨンセも同様に、事前プロモーション一切無しのサプライズアルバムを発表したが、最高の売り上げを獲得した」とハッスルは言う。

彼の生産数限定のミックステープ『クレンショー』(1枚100ドル)と『メールボックス・マネー』(1枚1,000ドル)の売り上げは、現在16万ドルを超えている。
「タイラー・ザ・クリエイターはラジオで曲を流さないが、爆発的に売れている」と、ヒット・ボーイも同意している。

5. ツアーに力を入れろ
「将来の事を考えると、デジタル化されないものにこそ、本当の値打ちがあるんだ」と、『クレンショー』のリリース後に31日間のツアーに乗り出したハッスルは言う。彼は最近、18日間のヨーロッパツアーから戻ってきたばかりだ。

6. いいチームと仕事をしろ
収益の拡大、人材の発掘、長期計画のサポートなどには適切な人物が必要だ。
「俺は常に、自分とは違う考えを持ち、アイデアを否定してくれる人物をそばに置いてきた」と、ヒット・ボーイは言う。
「俺はエイサップよりも前に自分の作品を作っていたし、ファッションスタイルも持っていた。フランク・オーシャンが1位になったのは俺の曲だったし、ジェイムス・フォントルロイはドレイクとJ. コールより前に俺の曲に参加している。だが、自分の計画にはダメ出しをしてもらう」

7. 自分を型にはめるな
「『Ni**as in Paris』はシンプルでノリのいい曲だ」ヒット・ボーイは言う。同曲は500万枚以上売れ、カニエ・ウェストとジェイ・Zがパリのベルシー・アリーナで開いた公演では、12回連続で歌われた。

「多くの人が、ああいったタイプの曲を求めていただけだ。俺はマライア・キャリーからリクエストを受けたとき、1分間固まってしまった。俺は音楽の制作に対して純粋でいたい。『これはホットで売れるから歌いたい』というのはごめんなんだ」

8. 一度の成功で将来は決まらない
何がヒットを生み出すのかというヒット・ボーイの考えは、コラボアルバムの『ウォッチ・ザ・スローン』が売れた後に変化した。当時を回想しつつ彼は言う。
「俺は、『ニ**ズ・イン・パリ』が成功しなければ、すべて失敗だ、という考えに囚われていたが、それは間違いだった。何とか自分の能力を示そうとして、ストレスフルな毎日を過ごしていた」

9. 忍耐してやり続けろ
「俺は17、18歳の頃、エリックっていう友達と曲を作っていた」とヒット・ボーイは振り返る。
「そいつは俺よりずっと才能があって、俺よりもっと音楽にのめり込んでいた。だが、俺がヤツに紹介した会社は、俺をのけ者にしたんだ。テンプテーションズは、契約から6年経ってようやくヒットが1つ出た。だから、結果が出なくてもやり続けることが大事だ」

10. メンターを探せ
「昔は自分の才能を本当に分かってるのは、自分だけだ思ってた」とヒット・ボーイは言う。しかし、アイオヴィンとの出会いが彼の転機となった。
「アイオヴィンに初めて会った頃、ポップミュージックはパンプEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)とダブステップ全盛期だった。アイオヴィンは、『君はヒップホップを作れるプロデューサーだ。ドクター・ドレーしかり、ファレルしかり、ティンバランドもしかりだ。彼らと同じ道を進めるはずだと彼は言ってくれた」

11. 常に学び続ける姿勢を大事に
「これまでの成功は、自分の才能が何なのか、本当には理解できないまま、成し遂げた気がする」とヒット・ボーイは言う。
「16歳の頃から、自分の音楽には特別なものがあると思っていた。すべては学んで行くプロセスの中にあると思っている」

12. リスクを取れ
「『バンガーズ』は、初めて手がけたポップミュージックのプロジェクトで、エグゼクティブ・プロデューサーをやるのも初めてだった」と、マイリー・サイラスの2013年のアルバムを手がけたマイク・ウィルは振り返る。
「あのアルバムは、サイラスと自分にとって、凄くいいか、凄く悪いかのどちらかになると思った」
結果的にアルバムはプラチナに認定され、サイラスは子役のイメージを払拭。新たなポップカルチャーのアイコンとなった。そして、マイク・ウィル・メイド・イットは、ヒップホップ以外でも手腕を発揮できることを証明した。

文=ナタリー・ロベーム(Forbes)/ 翻訳編集=上田裕資

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