放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第2回。


立木義浩さん、ソール・ライターさん、藤原新也さんという名写真家に続き、“ライカ好きの素人”の登場で甚だ恐縮なのだが、ライカギャラリー東京(ライカ銀座店2階)にて僕の写真展「restaurant」が開催中だ(編集部注:11月3日に終了)。

皆さんは「レストラン」の語源をご存じだろうか。14世紀のフランスでラテン語の「instauro(良好な状態にする)」「resutauro(回復する)」に由来した「restaurer(回復させる)」という語が生まれ、16世紀に「回復する食事」(特にスープ)という意味を表すようになり、それを提供する場所として「restaurant」という語が生まれたという。新型コロナウイルスは世界の景色を一変させ、多くの人を苦しませている。一日でも早く、社会が“回復する”ことを祈り、かつてレストランに流れていた豊かで幸せな時間を象徴する14点を、僕なりに厳選した。お時間があるとき、見ていただけたら光栄です。

さて、14点の中の1枚は、故郷・天草のレストラン「シェフあらき」で撮影したものだ。僕は小学生のころから荒木さんが料理長を務めていた店に通っていた。「シェフあらき」はその荒木さんが独立して開いた店で、中学生になったばかりの僕は「シェフ」という言葉をこのとき初めて知った。牛ヒレステーキを食べるのが当時のぜいたくだった小山家では、「シェフあらきに行く日」が「ハレの日」。背筋がちょっと伸びるような、晴れがましい気持ちだったのを覚えている。荒木さんは今年70歳、店はこの8月10日に42周年を迎えた。

先日、写真の展示許可をいただくのを兼ねて、80代の両親を連れ、「シェフあらき」に行った。そして出されたオニオンポタージュを一口飲んだ瞬間、子どものころのさまざまな思い出がよみがえった。隣の父はポタージュを平らげ、次に200gのサーロインステーキを食べようとしている。

店のドアへと続く細い階段をヨレヨレしながら上る背中に息子としてはいたたまれなさを感じていたのだが、ステーキに果敢に挑戦する父を見て「まだ大丈夫そうだな」とちょっと安心した。

味や匂いだけでなく、テーブルセッティングとか壁に飾られた絵だとか、長年通っているレストランには過去の記憶を呼び覚ます装置があちこちに設えられている。前号で「幸せの閾値」の話をしたけれど、子どものころに好きだったレストランは、「これがいちばん好きな味で、これを食べていれば幸せだった」というひとつの軸になる気がしている。

写真=金 洋秀

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