ビジネス

2020.11.06

いざ、慈善事業のヒーローへ。ジャック・マーの新たな人生行路

アリババグループ創業者 ジャック・マー

「私は中国屈指の大富豪だとよく言われるのですが、自分のお金という気がしないのです。人々から託されたお金だと思えば、できるだけ効果的に、よりよい目的のために使おうという気にもなりますよね」

ジャック・マーは新たな焦点に見定めた慈善事業にかける意気込みをそう語った。2019年10月、フォーブス アジアのインタビューでのことだ。中国の杭州を拠点とするアリババ・グループをインターネット巨大企業に育てあげることに20年間を費やしてきたジャック・マーが、会長職から退いてアリババの現CEOダニエル・チャンに後事を託すと宣言したのは、そのインタビューから1年と少し前のことになる。

「私はいっそう多くの精力を教育、慈善事業、そして環境活動に傾けることになります」。ジャック・マーは18年のオープンレターで株主たちに、さらには全世界にそう表明したのだ。それは、10年の歳月をかけて彼が準備してきた方向転換であった。「アリババが創立10周年を迎えたまさにその日に、ふと思ったのです。私は、引退に向けた準備に取りかからねばならないのだと。創立20周年となる19年9月10日にアリババを去ることにしようと、その日のうちに決意しました」。19年10月にシンガポールで、マルコム・フォーブス終身名誉賞の授与に続けて行われたフォーブス・グローバルCEOカンファレンスの会場で、マーはスティーブ・フォーブスにそう語ったのだ。

マーが個人的な慈善活動を始めたのは14年、ジャック・マー財団を設立したことがきっかけだった。ニューヨーク証券取引所でのアリババの新規株式公開(IPO)に6カ月ほど先立つその年の4月に、マーは3500万株分のストックオプションを確保しておき、それを財団に差し向けることにしたのである。ジャック・マー財団は現在ではアリババの株式2300万株を保有しており、その価値は46億ドル(約5000億円)前後にもなる。

ジャック・マー財団による支援の手は中国国内のみならず、アフリカやオーストラリア、中東地域にも及んでいる。マーがこの財団にもトップクラスの能率性を求めていることは、次の発言からもうかがえる。「慈善事業は効率が問われる分野でもあります。3ドルの出費で済むものに5ドルを支払う必要があるでしょうか? 2時間あれば終わるものに4時間を費やす道理があるでしょうか? 私が学び取ってきた会社経営術は、慈善団体の運営術にもつながるわけです」

しかし目下のところ、マーがいちばんの力を注ぐのは中国になりそうだ。元教師の彼は母国の貧しい農村地帯における教育の機会を向上させることに特別な興味を抱いており、教師や校長の訓練を含めた各種の教育関連の支援活動に少なくとも7500万ドルを投じてきた。

中国では慈善活動が盛んになりつつあるが、さらなる後押しが必要なのだとマーは力説する。彼が中国に注力する理由のひとつは、まず中国で試してうまく行くことを確かめてから、それを他国に応用すればよいという考えにある。そしてもうひとつの理由は、世界第二位の経済圏として、中国にはもっと貢献の余地があると考えているからだ。

「中国には素晴らしいチャリティの文化がありますが、フィランソロピー(慈善、博愛)の文化も同じく底上げする必要があります」とマーは語っている。慈善活動についての教育プログラムを中国に打ち立てたいと彼は考えているのだ。「フィランソロピーのための訓練コースを(中国の)大学に組み入れたいと考えています」という言葉は、前述のフォーブス・グローバルCEOカンファレンスでのこんな発言とも重なるものだ。

「中国で数十万人を超える企業家がチャリティやフィランソロピーの財団を設立する日がいつか来ると信じています」
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ジャスティン・ドーベル = 文 ラッセル・ウォン = 写真 待兼音二郎 = 翻訳

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 8月・9月合併号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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