ライフスタイル

2020.10.09 18:30

幸せの閾値と真のラグジュアリーの関係

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる......。新連載第1回。


2019年10月。『Forbes JAPAN』オーナー兼発行人である高野真さんと僕は、共同で会員制ビストロ「blank」を東京都内某所にオープンした。

50名限定の会員制にしたのは、商売優先の店ではなく、好きな仲間だけを集めて、最高に居心地のよい空間をつくりたかったから。東京の最近の人気店は、(1)予約がとれない(2)シェフの“作品”をありがたくいただく(3)料金が高い、というのが多いが、この真逆を行く。つまり、(1)いつでも予約がとれる(2)シェフがお客様のどんなワガママも聞いてくれる(3)誠実な価格設定、を目指そうと考えたのだ。

次に「blank」という店名の由来だが、ひとつは「豊かな人生には、上質な空白が必要である」という自らの想いから。もうひとつは「この店のシェフ名は常に空欄である」というスタイルからである。

もちろん、専属の料理人はいる。山田ゴローという、僕の元運転手だ。彼は放送作家を目指していたのだが、あるとき早朝会議にいらっしゃる方々のために料理をつくらせたら、意外と上手だった。

料理学校も出ておらず、有名レストランや海外での修業経験もないけれど、ゴローには「一度食べた味を再現できる」という特筆すべき才能がある。会員はゴローに食べたい料理を頼んでもいいし、自ら懇意のシェフを連れてきて、ゴローにアシスタントをさせてもいい。僕などは店の隣のスーパーで冷凍ピザとコンビーフを買って焼かせたり、サッポロ一番塩ラーメンをさらにおいしく食べる研究をさせたりしている。

さて、開店して9カ月。ゴローに会員の方々からどんな料理をオーダーされているのか尋ねてみると、「Tさんは、お歳暮で送られてくるフグやアワビなどの高級食材を、自宅だとレパートリーがなくて毎年同じ味になるから違う献立にしてほしい、と持ち込まれました」

「Sさんは、目黒『龍門』の、アントニオ猪木さんの大好物だという鳥の唐揚げに大量の唐辛子や山椒を加えた辣子鶏と、その唐辛子と山椒を粉末にしてご飯と卵で炒めた龍門特製炒飯のふたつを取り入れた四川中華コースをオーダーされたので、実際にお店に行って食べてきました」と、なんとも羨ましい答えが返ってきた。

店のコンセプトが会員の方々に理解され、「家庭以外のもうひとつの台所」として順調に機能しているようで、非常に嬉しい。

blank



都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気の置けない仲間と集まる秘密基地。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 8月・9月合併号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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