経済・社会

2020.08.01 18:00

そもそも「ブラック」なんて存在するのか? 接触と分裂のアメリカ音楽から考える

アメリカ文学、アメリカ文化、ポピュラー音楽研究者。東京大学名誉教授の佐藤良明


アメリカで出世したい。でも白人のようには生きたくない。


彼らにとっての「自分たちの音楽」とは、コミュニティ性が強いことからも、「白人のようには生きたくない」といったキーワードで表すことができよう。
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アメリカで生きていく限り、今もなお根強く残る白人中心主義の規範に従わなくてはならない。しかしながら自分たちの言葉のアクセントを変えないように、黒人文化の中で生きることを大切にし、決して白人社会に迎合することはなく、少なくともそうするつもりはないのだ。佐藤はこう解説を続ける。

「黒人は白人のように生きたくないわけです。その結果として、バックビートというような白人音楽の流れるようなリズム感に反したものが起こるんですよ。あるいは拍をくうような喋り方からもそうですよね。それがブラックのスタイルになっていって、それを今度は逆に白人の若者がかっこいいと思って取り入れる。それがポップカルチャーをつくっていて、20世紀のポップミュージックは、ほぼ黒人たちから新しい動きが起こってきましたね」


ジェームス・ブラウンの「Say It Loud – I’m Black and I’m Proud」は1968年に発表された。今年5月からのBLM運動の流れを受けて、ストリーミングサービスでの再生回数が急増しているという。
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ブラック/ホワイトは誰にでも分かりやすいラベルだった


カントリーとフォーク、ヒップホップとブルースというように、アメリカの音楽には白人色、黒人色が強い音楽が存在するように思える。しかし佐藤は「すぐに混じり合う」という特性をもつ庶民の音楽において、元より白黒の明確な区分をもって生まれた音楽などなかったと指摘する。

ジャンルにおける人種間の分裂が起こる背景には、レコードやラジオの時代に入って音楽を簡単に選択できるようになったことが大きく影響している。ブラック/ホワイトの明確な線引きがないままいわば土着的に歌われていたものは、大衆に向けて発信される際に人種の間で区分がされるようになる。

「カントリーとブルースに同じソースから分かれたのはレコード市場ができたから。つまり黒人は俺たちの(黒人の)レコードしか買わないわけです。1920年代に黒人の歌ったブルースのレコードが随分と売れたんです。購買層は黒人たちでした。それに味をしめたレコード会社が南部の田舎に住む白人向けのレコードも出してみよう、と生まれたのがカントリーの市場。 黒人と白人が同じところに住んで接すると、それぞれが『自分たちの印』を音楽にも求めるので、ジャンルが分かれます。音楽が分裂するという現象が起きるんですね。分裂しながらまた接触するところに、刺激と緊張が生まれて盛り上がります」

音楽に限らず、商品化して大衆に提供する際には、ある種のラベリングを施して、その内容を明らかにすることが必要なのだ。そのラベルによって、商品が届く層は変化する。白人と黒人は誰の目にもわかりやすい、かっこうのラベルの一つだった。

「いまの大衆社会では知識とは逆向きに、一発で気分で理解できる言説だけが売れていくんですよね。ラップも最初はコミュニティに集まった少年たちがお互い好きに言い合っている感覚のもので、それをこれは商売になると思ったレコード会社が、彼らの厳しい現実の暮らしだとかを歌詞に載せたらいいんじゃないかと仕掛けていった。そしたらみんながわかりやすいって言ってそれに飛びついていったという経緯があります」
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文=河村優

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