独自性にあふれる、その「魂動(こどう)」デザイン全般を率いるのが、マツダのデザイン・ブランドスタイルを担当する、常務執行役員の前田育男だ。RX-8や3代目デミオを代表作とする前田は2009年、デザイン本部長に就任。マツダのデザインの方向性を大きく変えた「魂動」デザインや、同社を代表する色「ソウルレッド」を導入した。そのデザイン性の高さが世界中の顧客のハートに刺さり、販売力がかなり増した。
前田ほど世界で評価される日本人カーデザイナーは、他にいないだろう。今回と次回の2回連続で、前田の独占インタビューをお届けする。「世界一美しいクルマを作りたい」と言い切る、彼のデザイン哲学とは。
──今年はマツダ創業100周年ですが、新型コロナウィルスの影響で5月に予定していた100周年祭を開催できなくなってしまいましたね。
そう。とても残念。でも、それよりも大事なのは世の皆さまのご健康です。新型コロナウイルスの影響でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げると共に、そのご家族の皆さまには心よりお悔やみ申し上げます。
──それは本当に大変ですね。こういう厳しい時だからこそ、世の中を少しでも元気づけられたら思います。今日は、マツダのカーデザインの話をさせてください。
前田さんはデザイン本部長として就任した09年に「魂動」デザイン、荒野を走る動物のモーションを表現するデザインテーマ「ダブルモーション」を導入しました。しかし、18年には新しい「シングルモーション」に変えて、マツダ3にそのフィロソフィー(哲学)を反映していますね。
マツダ3はまったく新しいデザイン表現です。シングルモーションでは、「light& shadow」から生まれる綺麗な曲線を表したかった。「ライティング・アート」。
デザインでクルマそのものが動いているように見せるため、生命感を光で表現しようと。それには、光のリフレクション(反射)が必要だと。でも、光を動かすリフレクションを作るのは難しく、デリケートです。
──僕もマツダ3のハッチバックを見たとき、新しいデザイン表現に驚きました。
そうでしょう。じつは、メルセデスベンツのデザイナーから、「何が起きているのかわからない。触ってもいい?」と聞かれましたよ。「立体はロジカルに構成される」というのは、ドイツ的な基本の考え方です。RX-ビジョンみたいに、すべてリニアに変化しているものは彼らのロジックにはないので、ドイツ人には作れない。またイタリア人なら、そんなに面倒くさいことはしない。繊細なボディは、日本人にしか作れないと思う。
──その文化比較は面白いですね。どうして日本人にしか作れないのですか?
難しすぎるからです。まず、ものすごく時間がかかる。現代のデジタルツールでは作れない。人の手で作るものは、デジタル的には誤りがたくさん出る。その「過ちの連続」が、あのように複雑な美しさを生み出したのだと思う。「あっ、と思って振り返ると、マツダのクルマだ」と言われることが多いのですが、人の目は変化するものを追いかけるんです。