ビジネス

2020.06.12

0.5センチ小型電池で億万長者に、爆発事故で契約白紙からの再起

連続起業家、作家 ミハエル・トイナー

5月25日発売のForbes JAPAN7月号は、「パンデミックVSビリオネア 変革を先導せよ」特集。Forbes恒例の「世界長者番付」と「日本長者番付」の2020年版を発表、米Forbes誌が総力を上げて取材した豪華ビリオネアのインタビューを一挙公開する。

今回は連続起業家で作家のミハエル・トイナーの独占インタビューをお届けする。 


ドイツ・バイエルン州の中世都市ネルトリンゲン郊外。グレーの壁に囲まれた会議室で、オーストリア出身の起業家、ミハエル・トイナーは指先に乗せた小さなバッテリーをみせてくれた。いま、この硬貨ほどの大きさの部品がテック界を驚かせている。

外径がわずか0.5センチ程度のこの小型電池に蓄えられたエネルギーは、大きさが10倍以上の家庭用電池の100倍に達し、充電はわずか15分で完了し、1回の充電で5時間使用することができる。現在の製品の一部は、人気を博しているアップルのワイヤレス・イヤホン、AirPods Proに搭載されている。

このバッテリーは金融面でも驚きを呼んでいる。次々と新たなビジネスを立ち上げてきた起業家であり、ベンチャー・キャピタリストでもあるトイナーは2007年、このバッテリーのメーカーであるファルタをわずか4000万ドルで買収した。

ファルタはそれから約10年後、フランクフルト証券取引所に上場を果たし、現在の時価総額は28億ドルに上る。コメルツ銀行の推計によると、ファルタは利益率が40%と極めて高い高級ワイヤレス・ヘッドフォン用バッテリーの分野で、50%以上のシェアを握っている。

爆発事故で契約は白紙に……


ファルタは1887年に創業され、製薬、化学、プラスチック、バッテリーなど幅広い分野で事業を展開していたドイツの巨大コングロマリットの流れを汲んでいる。現在、BMWの大株主として知られるクヴァント一族が第1次世界大戦終了後、旧ファルタの大部分を買収した。その後、製薬部門と化学部門は売却され、買収から約100年後の02年、クヴァント一族とドイツ銀行が手を組んで、残りの事業部分の売却を進めた。結局、バッテリー部門の大半は売却され、最後まで残ったのがわずかな規模のマイクロバッテリー事業だった。

「ファルタには買い手がつかず、買値を提示したのは私だけだった。私はキャッシュフローがマイナスの企業を買うことになったが、経営状況は改善するはずだった。アップルとの契約があったからだ。しかし買収の1年後に1つの小型バッテリーが爆発する事故が起き、アップルとの契約は白紙になった。会社は破綻寸前になり、銀行は警戒感を強め、利息の支払いができなかったため、私は要注意先顧客に入れられた」

このiPod nanoのバッテリー爆発により、ファルタは6000万ドルに上るリチウム・ポリマー電池への投資を撤回せざるを得ない事態に追い込まれた。トイナーとファルタのCEOヘルベルト・シェインはコイン型リチウムイオン電池を一段と強化し、労働コストの低いアジアの競合企業と戦うため、生産工程を自動化し、容量を大幅に引き上げるための調査研究に資金を投じた。アップルとの契約も取り戻すことができた。

長年にわたり、ファルタの取締役に名を連ねているスヴェン・クヴァントは、一族でファルタを買収することも検討したが、この小さな企業を世界的リーダーに成長させたのはトイナーだと言う。

「旧ファルタ傘下の企業は巨大企業グループに属していたため、利益や信頼性、成長戦略に対する意識は決して高くなかった。それを変えたのがミハイルだった」。
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文=レイン・マーティン 写真=レヴォン・ビス 翻訳=松永宏昭

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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