しかし、テクノロジー業界にある楽観主義は、イノベーションを促進する一方で、デメリットを見落としがちになるという側面もあります。リモートワークは素晴らしいかもしれませんが、そのメリットと引き換えに生じているデメリットが完全に把握されるようになるのは何年も先かもしれません。そして皮肉にも、それらのデメリットの多くは雇用主よりも従業員に影響を及ぼす可能性があります。
テック業界はリモートワークを強く奨励する主たる業界の1つですが、リモートワークへの移行によって最も多くを失う可能性があるのもこの業界で働く人たちです。より幅広い人材を採用できるようになるということは、競争が激しくなるということであり、それによって給料に下げ圧力がかかるということでもあります。
三重県やマニラにいる人ならはるかに低い給料で働いてくれるのに、あえて東京に住む人を企業は採用するでしょうか? 徐々に採用しなくなるでしょう。テック業界など、物理的に人がそこにいることを必要としない業界こそ、このようなトレンドに最も影響を受けやすいというのが現実です。
もう1つのデメリットは、同じオフィスで過ごすことで得られていたチーム意識が失われるかもしれないことです。SlackやZoomなどのツールを使えば距離感を縮められるとされていますが、オフィスでの何気ないやりとりの中から生まれる発見(セレンディピティ)などを再現するのは容易ではありません。
個人的な印象としては、テック企業はあまり苦労することなくオフィス通路での気軽なコミュニケーションをSlackスレッドで再現できているように思います。一方で、そのように比較的短期間でスムーズにオンラインへ移行できたのは、コロナ以前に築いていた人間関係のおかげであると感じています。時間が経つにつれ、その効果は薄れていくでしょう。
このようなマイナスの影響を最も受けやすいのは若手社員でしょう。初めて就職する新入社員は特にそうです。ある程度キャリアを積み重ねてきた社員なら、すでに社内で人間関係を築けていて、周りからの信頼も得ています。また、彼らにはリモートワークに適した環境を自宅に用意するための経済的余裕がある可能性も高いです。
社会人としての第一歩を踏み出したばかりの若手社員は、指導を受ける機会や、社内で友人を得る機会など、キャリアと心理的充足感の両方で重要な機会を逃してしまうかもしれません。そして、リモートワークも「在宅勤務」ではなく「カフェ勤務」になりがちです。