だが、今回のような出来事は、わたしたちにとっては生まれて初めて経験するものであっても、じつは人類の歴史の大半を通じて人間の生活を切り離せないものだったことを、イェール大学の歴史学者、フランク・スノーデンの近著『Epidemics and Society(伝染病と社会)』は見事に説き明かしている。
スノーデンが最近のインタビューで筆者に語ってくれたところによると、彼が伝染病に関心をもつようになったのは、学生のころ、人類の歴史が伝染病によって大きく方向づけられていることに気づいたからだったという。
今からみると絶妙なタイミングで出版されたこの本では、そうした例がいくつも取り上げられている。どれも非常に興味深いのだけれど、なかでも筆者が目を開かされたのは、アメリカの建国でも伝染病が間接的ながら重要な役割を果たしていたという事実である。
ひどく単純化した話をすれば、アメリカ史のクラスでは、1803年のルイジアナ購入は、策士のトマス・ジェファソンがフランスの危険な皇帝、ナポレオンに対して起こした無血クーデタのようなものだったと教えられる。
ところが、スノーデンの本によると実情はもう少し込み入っている。ナポレオンがルイジアナ(現在のアメリカの15州にまたがる広大な地域)の支配を手放したのは、黄熱病の流行によって、近代史上初の反植民地闘争となったハイチ独立運動を鎮圧する計画が頓挫したためだったのだ。
南北アメリカでハイチという足がかりを失えば、ナポレオンは北アメリカに領有する地域の安全を守り、開発を進めることもできなくなる。
「ハイチの独立によってこの事業は著しくリスクが高まり、コストも膨れ上がることになったため、ナポレオンは、損切りをし、ジェファソンの提示した金額を受け入れ、ほかの場所での別の事業に移るのが得策だと判断した」とスノーデンは書いている。
「このように、アメリカは奴隷の反乱の成功から直接影響を受けて、世界大国へと台頭していったのである」