こうした光景は、インド政府が訴えているソーシャル・ディスタンスの徹底にはほど遠い。ロックダウンによるしわ寄せは貧困層の生活を直撃し、かえって人々が密集してしまうと言う、政府の思惑とは真逆の現象を生みだしてしまった。貧困層の人たちや、故郷に帰っていった出稼ぎ労働者の中に感染者がいれば、スラム街や地方の農村などへ拡大していくのは時間の問題だ。
西部の商都ムンバイで、東京ドーム約40個分の場所に100万人以上がひしめくダラビ地区では、今月に入って感染による死者が確認された。ダラビ地区はインド最大のスラム街で、内部には細い路地が張り巡らされ、そこに商店や工場、住居が入っている。収入を絶たれた人たちは、スラムにとどまって配給で飢えをしのいでいるが、感染を防ぐ手段や余裕はどこにもないのだ。
そもそも、インドでは十分な検査はおろか、医療体制も整っていない。インドの1000人当たりの医師数は0.8人と、ドイツの4.3人や日本の2.4人などと比べると、あまりに貧弱だ。また、富裕層向けの私立病院には医師が多くいても、無償で診察が受けられる公立病院では医師不足が慢性化している。はじめから「医療崩壊」しているところに、コロナが襲ってきたことになる。
空が青いのが、なんだか皮肉だ
感染拡大が止まらない中、モディ首相は今月14日までとしていたロックダウンの期限を、来月3日まで延長した。テレビ演説では、マスク替わりにスカーフで口を覆って登場し「効果は出てきている」と強調したが、その根拠はなかなか見出せない。企業活動が止まって、車や工場も動かなくなったことで、いつもの大気汚染がウソのように空が青いのが、なんだか皮肉だ。
テレビ演説でロックダウンの延長を表明するモディ首相
インドには駐在員と家族を中心に、約1万人の日本人が暮らしていた。だが、ロックダウンの前後に帰国する人たちが相次ぎ、現在では2000〜3000人ほどに減ってしまったとみられる。
外出もままならない生活を送る中、ロックダウンがいつ緩和されるのか、工場や事務所の再開はいつなのか、そして日本への臨時便がいつ出るのかといったことが、話題の中心となっている。私も次に臨時便が出るときは、それを利用して帰国することになるが、まだ先は見通せていない。もちろん、今は世界のどこでも、先なんて見通せないだろう。
気が付けば、ニューデリーは日中の気温が35度を超える暑さだ。人間社会は大騒動だが、また灼熱の季節がやってきた。暑さはいずれ和らぐが、その頃にはこの状況も和らいでいるのだろうか。
離任の感傷に浸る余裕もなく、残りの日々を送ることになりそうだ。
連載 : South Asia Report
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