昨夏、日本で翻訳版が発売され長期的に話題となっているレティシア・コロンバニの小説『三つ編み』だ。インド、イタリア、カナダ……まったく違う環境で生きる3人の女性たちが、それぞれに立ちはだかる壁を越えるべく、強い意志と勇気で立ち向かう。
初めに登場する女性は、インドの不可触民(カースト制度外の被差別民)として生まれたスミタ。排泄物を回収する仕事しかできない種族のカルマを娘には継がせはしないと、強い意志を持って大胆な行動を起こす。
2人目は、イタリアで生きる快活な女性、ジュリア。病気で倒れた父に代わり倒産寸前の家業をまかされ、奔走する。
そして3人目、カナダでシングルマザーの弁護士として働くサラは、キャリア絶頂のときに癌を宣告される。
これら3つの独立した物語が、やがて複雑に絡み合い、ひとつの運命に集約されていく。大河のように壮大でありながら、小さな偶然の積み重ねで世界は繋がり広がっていくのだと信じさせる物語。今のこの状況でこそ必要な、共助の気持ちを呼び覚ましてくれるだろう。
人気の中国SF『三体』
話題の中国SF小説『三体』も、この時期に読むとまた違った読後感となる。
エンジニア出身の中国人作家・劉慈欣(りゅう・じきん)によるSF超大作は、オバマ元大統領やフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグも絶賛し話題となった。
文化大革命で父を亡くし人類に絶望した科学者が、政府の極秘プロジェクトに参加し、異星人とのコンタクトを画策。やがて地球上では、優秀な科学者が自殺するなど怪奇的な現象が起こり始める。
人間と科学、そして宇宙を超えて繰り広げられる大迫力の物語は、SFを読み慣れない者からすると初読で頬をひっぱたかれる感覚だ。ぶっ飛んでいても、私たちの生活と地続きの世界で起こり得るのだとも思わせる。
「目には見えない、でも確実に存在する脅威」に対して、人間は何ができるのか。本作では“智恵のある粒子”なるものに人類が脅かされるわけだが、今の私たちからすると、それは未知なるウイルスとの戦いとも読める。
また、作中で提言される「もし人類が地球外文明と接触すれば、人類側の分断と格差は急激に大きくなる」といった説は、前述のハラリ氏の論でいうところの、新型コロナウイルスに対するグローバルな団結への挑戦とも重ねて読めるだろう。
仕事して、手洗いして、本を読む
多くの物語に、さまざまなメッセージが宿っている。それらを拾い上げて読み、考える。そして感じたことを俯瞰し、「なぜ自分はこう思ったか」と自身に問うてみる。そこには少なからず、周囲の状況や環境に起因するものがあるはずだ。これら外的要因と、感じたことや思ったことなどの内的要因とをかけ合わせていくと、世界の見え方も変わっていく。
そうやって「物語を読む力」は鍛えられていくと、私は思う。
自身の血肉に還元される「筋トレ」のような読書体験は、読み手としてのリテラシーを向上させてくれる。それは物語の世界観をさらに広げ、また新たな物語が生まれる萌芽にもなる。
繰り返しになるが、読書でウイルス感染は回避できない。でも、今を乗り越える何かしらの力になってくれるはずだ。手洗いを徹底し、家のなかに篭もって想像力を働かせる。その単純な作業が、これからの世界を生き抜く力のひとつになると信じている。