一方で、それが医療のあり方や、患者と医療従事者との関係、ひいては社会や私たちの生き方にどんな影響や変化をもたらすのでしょうか。
AIを活用した医療機器を開発するアイリスCEOで医師の沖山翔氏が、医療AIの現在と未来について解説します。
AIがカバーするから放射線科医はいなくてもいい?
沖山氏:現在、医療の世界で最もAI技術が応用されているのがCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(コンピュータ断層撮影)などの放射線科領域です。
2016年には、ディープ・ラーニングの父と呼ばれているジェフリー・ヒントンが「あと10年以内に、放射線診断業務の多くはAIがカバーするようになるから、これ以上人間の放射線科医を増やさなくてもいい」と言いました。
また、当事者である放射線科医のブラッドリー・エリクソンも「2026年までには、ほとんどの読影レポートをAIで自動生成できるようになるだろう」と発言しました。
両者の発言に「そんなことはありえない」と反発する医者が当時は多かった。
AIが正しく診断するためには大量のデータで学習させる必要があります。数千人、数万人の患者がいる病気ではそうしたデータを集められますが、患者数が300人程度の希少疾患はデータが足りず、AIが診断できるはずがないという反論です。
しかしその反論は、いまは有効ではなくなっています。
初めて見る画像でも、今まで見たどの画像とも違うということがわかるゼロショット・ラーニングや、1枚しか見ていなくても予測対象に近いと推論できるワンショット・ラーニングという手法もあります。数千万枚の画像がないと学習できないというAIは数年前の話で、少ないデータで学習できる手法がもう開発されているのです。
人間と同じくらいの精度で、8割の時間短縮
上のスライドはアメリカのゼブラ・メディカル・ビジョンというAIの会社が提供している、CTで撮影した脳の断面画像です。右側にある少し白い縦線が入っている部分が脳出血している箇所なのですが、ここをAIがマークして教えてくれます。
この画像なら人間でも見逃すことはないのですが、CTで脳をスキャンする際、1度に20枚ほど撮影します。1日に100人を撮影するとしたら、医師は2000枚も見なければなりません。この画像に写っているような小さな脳出血なら、前後のスライス画像には写っていない可能性が高い。だから2000枚の中で、脳出血の箇所が写っている画像がこの1枚だけだったら見逃してしまうリスクはあります。
そのリスクを減らすために、AIを使った診断システムがアメリカで導入されているのです。
上のスライドにある「AUC」とは正確性を表す指標の1つで、「0.948」という数値は、人間が丹念に画像をチェックした時の正確性とほぼ同じです。つまり、このAIは人間を上回っているわけではないのですが、人間が診断までに必要とする時間の8割を省けたと評価されているわけです。