ビジネス

2020.03.27 16:30

「禁断」の領域を可視化するデータドリブン・トイレの可能性


現場だからわかるトイレの傾向


トイレを可視化するという「禁断」の領域で事業展開する木村技研。しかし、もともとは小さな水道設備工事会社だった。

創業したのは、東京都水道局に勤めていた木村の父。戦争中はインドネシアで水道設備の設計にあたり、終戦後に帰国して起業した。

当初はゼネコンの下請けだった。しかし、業界で水道設備会社の序列は極端に低い。学生時代に家業を手伝った木村は、不遇の時代をよく覚えている。

「新築の会議に行くと、上座にいるのはオーナーと設計事務所。その次がゼネコンで、それに下請けの建設会社が続きます。末席は給排水と電気の設備系。設備でもメーカーが上で、私たちのような施工は最下層です。発言権はなく、半日の会議でひたすら座っているだけ。現場で苦労する人が報われない業界なのだと思いました」

父はゼネコン依存から脱却するため、メンテナンスにシフトしてビルや設備のオーナーにアプローチを始めた。その中の1社が国鉄(現JR)。駅のトイレの利用回数はオフィスの比ではないほど多い。そのため詰まりや漏水が起きやすく、メンテナンスは重宝された。その過程で詰まりにくく節水もできるトイレシステムを開発。大手の既存の便器では限界があるため、自ら節水型便器をつくってメーカー機能も併せもつようになった。

データを活用するようになったのは、社長を継いだ兄の代からだ。メンテナンスをしていると、現場だからわかるトイレの傾向がある。それをオーナー に理解してもらうには数字の裏付けが必要だった。

「対人センサーが普及する前、男性用の小便器は用を足すごとにボタンを押すタイプか、タンク式で一斉に流す方式でした。ボタン式のほうがムダのな いように思いますが、使わない便器は乾いて逆に尿石がつきやすくなり、かえってメンテナンスが大変になります。ただ、私たちの経験を話しても、なかなかうまく伝わりません。みなさんが普段見ないところだけに、データで客観的に示すことが大切でした」

データを活用して商品開発を進める一方、データと通信と組み合わせてリモート管理できるようにしたのは先述の通り。いまでは節水浄水装置でシェア 約60%を獲得して、大手メーカーからも圧力がかかる存在になった。オーナーに直接食い込んでいるため、関係者会議での発言権も増している。

いまやIoTの活用は節水やメンテナンスにとどまらない。今年3月には、NEXCO中日本と共同開発で進めてきた「アウトラインセンサー」を海老名サービスエリアのトイレ332台に設置した。このセンサーは、トイレ個室内の様子をモノクロのアウトラインで感知。置き忘れた荷物があれば自動で忘れ物を 知らせ、人の倒れ込みがあればアラートが鳴って現場の整備員が駆けつける仕組みになっている。

「NEXCO中日本の忘れ物件数は年間2万件以上。落とし主さまに速やかに気づかせて、忘れ物をさせないトイレシステムが、高速道路を利用されるお客 様サービスのひとつとして考えています。」

頭の中には、ほかにも「トイレ×IoT」で取り組みたいテーマが数多くある。「公共のトイレが性犯罪に使われることもありますが、アウトラインセンサーで抑止できるはず。また家庭用に導入して、トイレの使い方から認知症を早期発見することも可能」と熱弁を振るう木村。トイレという閉ざされた空間から、社会課題の解決へ―。発想がどこまで広がっていくのか、非常に楽しみだ。


木村朝映◎1947年生まれ、東京都渋谷区出身。駒澤大学高等学校を卒業後、66年3月に木村商店(現・木村技研)に入社。94年4月に同社常務取締役、2000年8月に代表取締役副社長に就任。13年7月より代表取締役社長。


木村技研がトイレシステムメーカー転じた背景とは。そのほか、グランプリを受賞したフィルム型ソーラーの川口スチール工業(佐賀県鳥栖市)や「COEDO(コエド)ビール」の協同商事(埼玉県川越市)など、危機をバネに進化を遂げたスモール・ジャイアンツたちの逆転のストーリーを一挙公開。フォーブス ジャパン2020年5月号は3月25日(水)発売!購入はこちらから。


文=村上 敬 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN 5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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