「ちょっとした工夫」とは、母乳に牛乳タンパク質が入っていない特殊粉ミルクを加えるという手法である。たったそれだけでその後のアナフィラキシー反応を13分の1に、2歳時点での食物アレルギーを5分の1に減らすことができたのだ。アナフィラキシーはアレルギー反応の中でも最も強く、時に致死的だ。しかし、これで日本だけではなく世界中で増えつつある食物アレルギーに歯止めをかけ、アナフィラキシーで亡くなる人の数を減らすことができるはずである。
ひとつのきっかけとなったのは自身の娘の症状だ。本連載の『娘を救うために!アレルギーの「謎」に挑む』の記事でも触れたが、私の娘は母乳栄養だったにもかかわらず卵とナッツに対するアレルギーになってしまった。そのため、当時の私は母乳に「通常の粉ミルク」を加えるほうが食物アレルギーになりにくいに違いないと決めてかかっていた。
ところが、結果は真逆で「生後3日間は母乳に通常の粉ミルクを追加しないほうがよい」というものであった。一筋縄ではいかない科学の奥深さを痛感したのだが、その後、試行錯誤と臨床試験を重ねて「通常の粉ミルク」ではなく、「牛乳タンパク質が入っていない特殊粉ミルク」であれば、プラスの効果が出ることをつきとめた、というわけである。
しかし、これですべてが解決されたわけではない。母乳+特殊粉ミルクで育てた中でも食物アレルギーになった児童は少数ながらいる。ほかにもアレルギーを増やす因子があるはずだ。臨床試験で集めたデータを徹底的に分析したところ「加工食品に含まれる保存料などの添加物」が食物アレルギーを増やすもうひとつの因子として浮上した。そこで現在、食物アレルギー・ゼロを目指して新たな長期間にわたる試験=挑戦を開始したところである。
かつて故山極勝三郎東大教授は実験でウサギの耳に来る日も来る日もただひたすらコールタールを塗り続け、遂に数年後の1915年に人工的発癌に成功した。これはまさしくノーベル賞級の大発見である。教授は「ゆきつけば またあたらしき さとのみへ」と歌を詠んでおられる。「ある目標にたどりついても次の目標がその先に、またその先に、ずっと続いている」ことを意味しているそうだ。
私たちの臨床試験も5年の歳月をかけ一人ひとりのデータをコツコツと丹念に積み上げていくという地味な作業から成果を得たが、その途端にまた次の目標が見えてきた。教授の境地に一歩近づけたような気がする。
うらしま・みつよし◎慈恵医大医学部卒、ハーバード公衆衛生大学院卒。疫学、危機管理、生物学統計などを学ぶ。小児科専門医として週5日外来診療する傍ら、慈恵医大教授として新しい予防医学を開発中。