ここには、明らかな不公正が存在する。環境難民の多くは、自分たちで二酸化炭素を排出していないグローバル・サウスの人々だ。トップ10%の富裕層が全体の50%の温室効果ガスを排出し、次の40%の人々が40%を排出している。つまり、世界の排出量の90%を先進国が占めている。ところが、被害を真っ先に受けるのは10%しか排出していない残りの人々だ。先進国の社会は環境難民となった彼らを受け入れるだろうか? シリアの難民への対応を考えればその可能性は低い。
資本主義は気候変動の惨事をもビジネスチャンスに変える。干ばつに強い遺伝子組み換え作物を販売し、海水を飲み水に変える設備を販売する。さらに、ハリケーンで壊滅的な状態になった地域に、復興支援という名目で新しい利権目当ての商売が入ってきて、富裕層向けのリゾートを開発するかもしれない。富裕層は新しいビジネスチャンスの儲けを使って、自分たちだけの楽園をつくり出し、それを必死に死守する。もちろん、この恩恵にあずかれるのは一握りの人間だけである。
冷戦時代とは違って、新しい壁をつくるのは資本主義の側だ。「気候アパルトヘイト」である。彼らだけが壁の内部でいままで通りの生活を営む一方で、社会的弱者や環境難民はその外部で気候変動の影響に苦しむことになる。それはまさに映画『ハンガー・ゲーム』の世界だ。
だが、環境難民が何億人もいればいつかは暴動が起こる。富裕層もさすがに数ではかなわない。それが本当の「歴史の終わり」となる……。
マルクスであれば、このようなディストピアの到来を避けるために、階級闘争で資本主義を乗り越えなくてはならないと言っただろう。実際、この30年間で世界を覆ったのはグローバル資本主義のもとでの、自由貿易推進、規制緩和、富裕層の優遇であった。その結果として、安定した雇用がなくなり、経済格差が進行し、民主主義が不安定化し、地球環境が破壊されたのである。そうであるとすれば、自由貿易を廃止し、生産量や方法に大幅な規制をかけ、格差是正のために厳しい富裕税を課すことは、真剣に検討すべき方向性なのではないか。
ディストピアを選ぶか、ポスト資本主義を選ぶか、今が未来の分岐点である。
スペースX社のイーロン・マスクは選ばれし者だけで火星に行って新しい経済システムを作りたいのかもしれない。けれども、地球というこの美しい惑星がまだ存在する限り、プランBは存在しない。ジャーナリストのナオミ・クラインが災害資本主義者に立ち向かうプエルトリコの姿を描いたように、『楽園をめぐる闘い』は、火星ではなく、この惑星で行わなくてはならないのだ。
さいとう・こうへい◎大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。1987年生まれ。フンボルト大学哲学科博士課程修了。専門は経済思想史、マルクス主義哲学。2017年より現職。18年にマルクス研究者におくられる「ドイッチャー記念賞」を受賞。主な著書に『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』『未来への大分岐』など。