感情を分かち合い、ともに成長する強いコミュニティを育てられるか。そのハブとなるスタジアムの可能性が見直されている。
「これはお見合いや。いいところを見せんと。最高のものを出さなあかん」
日建設計(以下、日建)のバルセロナ支店長(当時、設計代表)の村尾忠彦は、どこか愛嬌のある関西弁で仲間をこう鼓舞した。
2015年7月9日。日建は、26組が立候補したFCバルセロナのホームスタジアム、カンプ・ノウの改修工事の最終候補8組に選ばれた。FCバルセロナと言えば、スペイン一部リーグに所属する世界最高峰のサッカークラブだ。
最終候補に残ったアジア系企業は日建が唯一だった。周りはスタジアム設計では名の知れた欧米企業ばかり。村尾は「8組中、ビリのスタートだった」と振り返る。ただ、チャンスはあった。通常、こうしたコンペは具体案を提案し、その場で決まる一発勝負だ。ところが今回は、複数のワークショップを経て少しずつ候補を絞る方式だった。村尾が説明する。
「毎回、宿題を与えられて、向こうのテクニカルチームと打ち合わせを重ねていく。これは技術的なものだけでなく、本当に一緒にやっていける仲間かどうかも試されているんだろうなと思った。だから、お見合いだと表現したんです」
先方から与えられた大きな建築条件は2点だった。ひとつは外装を施すこと。もうひとつはデッキをつくること。ところが日建は、そのいずれの約束も「反故」にした。村尾には確信があった。
「会話の中から本当につくりたかったものを掘り起こしたという自信があった」
FCバルセロナは、ソシオと称される約14万人のクラブ会員によって運営されている。その一人の男性と食事をしたときのことだ。村尾が楽しげに思い出す。
「どんなスタジアムがいいかと尋ねたら『俺は誰だと思う?』って聞くんです。スペイン人?と言ったら『ノー』。カタロニア人?と言っても『ノー』。じゃあ、誰なのって聞いたら『地中海人だ』って」
そして、村尾はその場で地中海をイメージしたスタジアムのスケッチを描かされた。それはスタジアムと、太陽と、風と、波を描いただけの簡単なものだった。それでも相手の男性は満足げな笑みを浮かべていた。そのやりとりで、これまで見聞きしたバルセロナのイメージが一本の線でつながった気がした。
「バルセロナの人たちは、とにかく仲がいい。レストランでも、ずっとお話を楽しんでいる。水着を着て電車に乗ったり、リードなしで犬の散歩をしていたりと、人も犬も自由。地中海性気候で温暖なので気候も最高。そんな人や風を遮断する形態は似合わないと思ったんです」