その中野監督の最新作が「長いお別れ」だ。前作では、自ら原作脚本を執筆、高い評価も得て、受賞後のインタビューでもオリジナル作品に対するこだわりを見せていた中野監督だが、新作として挑んだのは、意外にも「原作モノ」。直木賞作家である中島京子さんの小説「長いお別れ」の映画化だ。
「オファーをいただいたのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』の公開前だったのです。まだそういう依頼をされるのが嬉しくて。原作を読ませていただいたら、自分だったらこうするな、というイメージがどんどん膨らんでいったのです」(中野監督)
「長いお別れ」と言うと、レイモンド・チャンドラーの名作ミステリーを思い浮かべる人も多いかもしれないが、中島さんの小説は、自らの体験を基にして、認知症を患った父親と、それを見守る家族との10年間にわたる長い交流を描いた8編からなる連作短編集だ。
(c)2019『長いお別れ』製作委員会 (c)中島京子/文藝春秋
その1編である「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」のなかに、「長いお別れ」に関するくだりがある。
アメリカで暮らす孫が、祖父の病気について尋ねられたとき、現地の人間から聞かされる言葉だ。つまり、アメリカでは、認知症を患い、少しずつ記憶を失っていくことを、「長いお別れ(ロンググッドバイ)」と呼ぶのだ。
原作にはない数多くのエピソード
東京の郊外にある東家では、母親の曜子(松原智恵子)が、いまは家を出て離れて暮らす2人の娘に電話をかけていた。70歳になる父親、昇平(山崎努)の誕生パーティーを開くという連絡だ。長女の麻里(竹内結子)は夫の赴任先のアメリカに、次女の芙美(蒼井優)は独身で都内に暮らしていたが、今回だけは必ず出席してほしいという母からの連絡だった。実は、父親の昇平が、半年前から認知症になっていたのだ。
映画も小説も、この父親の認知症を中心に、家族との、まさに「長いお別れ」が描かれていく。小説では10年間にわたっているが、映画では7年間、2007年秋から始まり、2009年夏、20011年夏、2013年秋そして冬と、4つの時点に分けられ語られていく。