薬剤耐性の問題から考える、日本の畜産と「食」のあり方

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病院や薬局で、薬が今まで通りに処方してもらえなかった、という経験はないだろうか。

以前処方されたものがよく効いた、できれば同じものが欲しいのだが……。

使い慣れた薬剤への信頼感から、そういう申し出をすることが私自身も多いのだが、「抗菌薬」に関して、そうはいかなくなってきている。

抗菌薬は、「細菌」を死滅させたり、増えるのを抑える薬剤だが、近年、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」が増加していることが、国際的な問題となっている。このまま増加し続けると、いずれ薬剤耐性菌による感染症での死者数が、ガンで死亡する数を上回ると予測されており、早急な対策が求められている。

薬剤耐性菌が増える原因の第一は、抗菌薬の多用だ。抗菌薬が不要な段階で、むやみな使用を続けることにより、抗菌薬の効く細菌が死滅し、代わりに薬剤耐性菌が優位に増える悪循環が生じる。

これを避けるため、抗菌薬は本当に必要なときだけ用いるという対応が、徹底されるようになってきた。その結果、冒頭に述べたような抗菌薬の慎重な処方という変化が、医療の現場で見られ始めたわけだ。

前述の通り、抗菌薬はあくまで、細菌が原因の病気や症状に使用する薬であるということも押さえておきたい。インフルエンザなど、「ウイルス」が原因で起こる病気の治療には、直接的な効果はない。ウイルスの感染で弱った場所に、二次的に細菌の感染がある場合は、抗菌薬を併用することもあるが、これにも医師による慎重な判断が必要だ。

抗菌薬の利用により、薬剤耐性菌が増える温床になりうるのは、人の医療に限ったことではない。動物に用いられる場合も同じで、抗菌薬の市場においても、大きなウエイトを占めている。

動物医療においても、抗菌薬は人と同じく感染症の治療に用いられる。ペットにも、皮膚や泌尿器などの細菌による感染症が多く認められるほか、手術を行う際にも重要だ。

さらに、肉や卵を生産する畜産の現場でも、抗菌薬は多く消費されている。牛や豚など家畜の感染症の治療に用いられるのはもちろんのこと、予防を目的に広く使用されることもある。また、「発育促進」を目的に抗菌薬を利用するという、意外な使用方法もある。

微量の抗菌薬を餌に混ぜて与えることで、与えない場合と比べ、家畜の体重増加が早いことが分かっている。抗菌薬が、腸内の細菌のバランスに働きかけ、代謝に影響を及ぼすことで、そのような効果が生じると予測されているが、そのメカニズムはいまだ明らかではない。

抗菌薬の多用による薬剤耐性(AMR)問題が深刻化する中、こうした利用法を懸念する声も出ている。飼料添加物として、抗菌薬を長期にわたり与え続けることが、耐性菌の増加を助長しまいか。耐性菌が家畜の間で増加すると、家畜自体の治療が困難になるほか、糞便を通した環境の汚染、畜産物(食品)を介した人への影響も考えなくてはならない。
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文=西岡真由美

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